浅沼(Jay)秀二シェフ 世界の食との小さな出逢い 第9回男の子がくれた龍の目

男の子がくれた龍の目

 ベトナムを訪れたときの話。
 「だったらハノイがいいよ」。南方に位置する首都ホーチミンの六月は蒸せかえるような暑さ。街の喧騒も相まって少しばかり疲れてきたころ、宿のおばちゃんに北の都ハノイへ行くことを勧められた。ハノイは落ち着いた街とのこと。文化の中心で焼き物や古布そして伝統的な料理なども多いそうだ。ただ、南北に細長いベトナムを列車で移動するには二日がかりの旅になるという。
 予約をしたのはコンパートメント。二段ベッドが二列並んだ寝台車だからそんなに悪くない。ただ、少し不安だったのはインドの寝台列車の凄まじい経験があったから。あふれんばかりの人人人をかき分け予約した寝台席にたどり着いても、既に二人のインド人が座っていた。チケットを見せて退くように言ってもおかまいなし。周りを見るとどこも同じなので泣く泣く隅を空けてもらって三人並んで座って一睡もできなかった…その体験が頭をよぎったのだ。でも、どうやらそれも杞憂に終わった。硬い木のベッドもこの際良しとしよう。予約した席がちゃんと空いている。それだけでも喜びに値することと、アジアを旅して感じるようになっていた。
 旅の道づれになったのはベトナム人の男の子とお父さん。小学生くらいの男の子は学校で英語を習っているらしく、少し話すことができるようだ。二日間の旅の間にこの父子ととても仲良くなった。トランプをしたり、英語の勉強を手伝ったり、お父さんとの通訳をしてもらったりと楽しい時間を過ごした。駅に着くとお父さんは列車から降りていろいろな食べ物を買ってきては「どうぞ」と分けてくれた。
 一夜明けた翌日、木の寝台に横になって本を読んでいると男の子がたわわになった実の房を持ってきた。「ロンガンだよ」駅の売り子から買ってきたらしい。ライチよりもひと回り小さなつち色の実が鈴なりになっている。ひとつ摘んで皮をつるりと剥くと半透明の実が現れる。そして中に黒い種が透けているのでなんとなく目のようにも見える。それでロン(龍の)ガン(目)。龍の目とは大げさな気もしないでもないが、もしこの果物に「猫の目」なんて名が付いていたらさすがに抵抗がありそうだ。三人で次々と皮を剥いてロンガンを口へ運んだ。瑞々しく香る甘さに自然と笑顔がこぼれた。
 しばらくするとお父さんが目を擦る仕草を見せて何か言っている。男の子が説明してくれた。ロンガンは刺激が強いので食べ過ぎると目がかゆくなるそうだ。瞬きをしながら窓の外を見てみたがなんともない。かえってよく見えるくらいだ。「大丈夫です」とお父さんに微笑んでもうひとつロンガンの皮を剥き始めた。
 初夏の田園を北へ向かって列車は走る。窓の外には稲穂の波が揺らぐ。青く薫る風を照らす日差しが車内に差し込むと、男の子がくれた龍の目がキラキラして、いっそう美味しそうに見えた。


浅沼(Jay)秀二
シェフ、ホリスティック・ヘルス・コーチ。蕎麦、フレンチ、懐石、インド料理などの経験を活かし、「食と健康の未来」を追求しながら、「食と人との繋がり」を探し求める。オーガニック納豆、麹食品など健康食品も取り扱っている。セミナー、講演の依頼も受け付け中。
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