寿司・割烹  蔵 kura

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真心と味で勝負するニューヨークの中の銀座

 扉を開けて一歩店内に入って驚いた。「まるで銀座だ…」誰かがそう口にした。こんな店がニューヨークにあるなんて。店の入口に看板らしきものはなく、通りから店の中を伺うこともできない。それでも午後6時になると、口コミで同店を知った顧客が三々五々集まり、店はあっという間に満席になる。ブラウンストーンの壁と白木のカウンターに圧倒されながら席に着くと、自分の家のように落ち着けることにまた驚く。最善の間で一品ずつ目の前に置かれる料理を味わっていくにつれ、その想いはさらに深くなる。「ここは銀座だ…」とー。

隠れ家で食すその日の「おまかせ」

 今年2月にオープンしたばかりの寿司・割烹「蔵(kura)」。カウンター12席、テーブル5席ー忙しいニューヨークの喧噪を忘れ、ただただ旨い料理と酒に舌鼓を打ち、リラックスして会話を楽しむにはぴったりの隠れ家だ。

 13歳からこの道に入り、大阪・法善寺や東京・銀座で腕を磨いた石塚憲浩氏と彼の腕と人柄に惚れたヒューイ・チェン氏。まるで親子のように気心を知り尽くしたふたりが店に立つ。

 夜は「おまかせ」の1コースのみ。たとえばある日の献立は、ひらめのポン酢、まぐろの山掛けといったお通し2品、魚のあらでとった吸い物、茶碗蒸し、鰆の信濃蒸しあんかけ、鴨ロースとかぼちゃやタロイモの炊き合わせの6品に、寿司(握り4貫と巻物1本)。「おまかせ」以外にも、お腹の具合や自分の好みに合わせて寿司や刺身、一品料理を追加で注文することができる。

 信頼関係で結ばれた魚屋から仕入れる鮮度の高い魚を中心に、その日の一番美味しいものを一番美味しい食し方で食べさせてくれる。カウンター越しに「今日のおすすめは何?」とメニューの相談をしたり、魚談義に花を咲かせるのもこの店の楽しみ方のひとつで、これがまた実に楽しい。
 昼は寿司の盛り合わせをはじめ、刺身、ちらし、鉄火丼が定食スタイルでメニューに並ぶ。この雰囲気の中、手頃な予算で気軽に新鮮な海の幸を堪能することができるとあって、こちらも密かな人気だ。昼の仕事ぶりにも、一切手を抜かないこだわりと味の神髄を垣間みることができる。

1. 鴨ロースと野菜の炊き合わせ 2. いつも笑顔の絶えない石塚氏(左)とチェン氏 3. 石塚氏の手掛ける料理は食通をもうならせる

選ばれたことに感謝しもてなしで応える

 日本人はもちろん、独特の感性で人生を謳歌することを存分に楽しんでいる芸術家や自由業の人も多く暮らすこのエリアらしく、美味しいものを食べることを貪欲に楽しむさまざまな国籍の人たちで席は埋まる。北米ではあまり馴染みのないナマコをも美味しそうに平らげる食通も多いと聞く。

 「ニューヨークには、世界中のありとあらゆる料理を味わえるさまざまな店が集まって来て、しのぎを削っている。星の数ほどあるそんな店中から選んでもらって、一食のために足を運んで来てもらう。それを当たり前だと思わず心から感謝して、楽しんで帰ってもらわなければ…」と穏やかな表情で石塚氏はチェン氏にいつも語り、チェン氏はそれを大切に心に留めている。

 素材、味、設え、人柄ー良い店に欠かせない条件はいろいろある。そのどれが劣っていても居心地が悪く、また再び足を運ぶ気にはなかなかなれない。こ店の良さは、足を踏み入れた人にしか分からない。その扉を一度開いた人は、ここにまた帰って来る。必ず…戻ってきたくなる。自分の人生の中でそんな店といくつ出会うかは、人生の豊かさにつながると言っても過言ではないだろう。
 胃袋も心も満たされ、表に出るとそこはニューヨーク。誰にも教えたくない隠れ家は、アスタープレイスのほど近くにひっそりと佇んでいる。

4. 鰆の信濃蒸し 5. NYではめったにお目にかかれない、いかの印籠寿司


寿司・割烹 蔵 kura
130 St. Marks Pl, NYC( bet 1st Ave & Ave A)
212-228-1010
定休日:日曜