公立学校初の日本語イマージョン教育 ニューヨーク州で初めての試み「日本語バイリンガルプログラム」

二言語同時学習 (Dual Language)プログラムは、今まで最も成功した外国語教育といわれるイマージョン教育。地域主流言語と目標言語を組み合わせて行なうバイリンガル教育のひとつで、
1965年にカナダで始まり、アメリカでは1970年公立教育に導入された。ニューヨークではスペイン語、中国語、フランス語、ロシア語、韓国語などがあるが、初の日本語プログラムがブルックリンの公立小学校PS147で始まろうとしている。

双方向性イマージョン

ニューヨーク初の「日本語バイリンガルプログラム」(Japanese Dual Language Programの日本語訳)は、双方向性イマージョン(two-way dual language program)で、英語と日本語、それぞれを母語とする子どもが50%ずつクラスを構成し、互いの言語を学び合いながら、公立学校のカリキュラムを二言語同時に学ぶ。例えば、午前中は日本語、午後は英語で通常の授業を受けるなどだ。
目標言語を学習の道具として教科を学ぶことで、母語と学力の発達を妨げずに、高度の第二言語能力を身につけさせること、つまり教科学習と外国語習得を同時に起こさせることが前提だ。
イマージョン教育の利点として、両言語の修得、異文化享受の姿勢、 自尊感情の育成などが挙げられる。成績も、単一言語のみで授業を受けるモノリンガルと比較して、理解能力の発達が高くなるという研究結果もある。少数言語を話す生徒は、教室で主流言語の生徒にとって、自分の言葉を教える「先生」になることで、自身の言葉や文化を誇りに思うという効果もある。

フランス政府が支援する外国でのフランス語教育

2014年1月30日付けニューヨーク・タイムズ紙の記事「A Big Advocate of French in New York, s Schools : France」でリポートされたように、フランスは国策として世界に散らばる自国民のフランス語二言語同時教育に力を入れている。ニューヨーク公立学校でのフランス語教育の援助は、未来のアメリカとフランスを結ぶフランス国際人を育て、それが自国の発展につながるとの見解からだ。
彼らのゴールは、ニューヨークで小学校から高校までの一環したフランス語二言語同時教育を作ること、ハイチ出身などの、フランス語を母語とする低所得層を援助することだ。
フランス語プログラムはニューヨークで成功し、教育熱心な家庭からの応募が学校定員を上回る現象が起きた。ブルックリンのPS110でも、フランス語プログラムを導入した結果、生徒が増え教育環境の質の向上につながった。
このモデルを目指すのが、ブルックリンのウイリアムズバーグで、自分の子どもの学校を探していた、中国系アメリカ人のラニー・チャックさんはじめ、韓国系アメリカ人、台湾系アメリカ人、日本とスイスのハーフという、自身が異文化を内包する4人の保護者と、日本人三木ゆみさんの母親グループだ。

日本語バイリンガルプログラムを立ち上げたラニーさん(右)と三木さん(左)

保護者主導の二言語同時学習の立ち上げ

日本語の二言語同時学習は、1988年、日本の経済力の発展を背景にオレゴン州で初めて公立校に導入され、各地に広まった。現在もカリフォルニア州グレンデールのバデューゴウッドランズ小学校などが知られるが、ニューヨークでは前例がない。
PS110のプログラムを作った保護者や、フランス領事の協力を仰ぎ、アメリア、カナダのバイリンガル教育研究者、日本語教育に携わる人々との話合いを重ね、署名活動、ニューヨーク市教職免許をもつ日本語ネイティブの教師探し、前述のバデューゴウッドランズ小学校の見学など、準備を重ねてきた。「見学した時に、5年生が科学のエッセイを日本語で書くのを見て、これなら大丈夫だと思いました」と三木さん。
日本語プログラムへの理解を示す学校を求めていろいろな学校を見学し、出会ったのがPS147だった。

オープンハウスは2組に分かれて行われ、日米家族が熱心に話を聞いている

カリスマ校長の学校改善

ウイリアムズバークからブッシュウィックにまたがる学校区ディストリクト14は、低所得マイノリティーも多く、高級コンドの建設で流入する中流家庭は人気校に集中し、それ以外の学校は厳しい状態が続いていた。
PS147 も生徒が定員を割り、その100%がアフリカ系とヒスパニックという人種的分離のある学校だった。しかし3年前に赴任したサンドラ・ノヨラ校長が流れを変えた。
新コモンコア(公立教育要領)に沿った、GO-MATHという算数のカリキュラムを、市が導入する前から取り入れ、多くの学校から研究対象になった。コロンビア大学ティーチャーズカレッジを始め、さまざまな団体と提携して豊富な教育カリキュラムを構築、図書館は、蔵書の豊かさと、広さ、美しさを誇る。環境科学に力をいれ、同校のハイドロポラニックラボは他に例をみない。
魅力的な教育環境をアピールすることで、生徒数が3年で50%増加し、今年度初めてアジア系と白人生徒がプリKに入学し、人種構成が多様になった。
学校改善を進めるノヨラ校長は、日本語プログラムの開講で、同地区に増える日本人家庭を引き込み、同時に英語だけしか知らない生徒が、少数派の日本語に接することで、異文化の立場や気持ちを理解し、より多面的な視点を持つことを期待しているという。

日本語バイリンガルプログラムが開設されるブルックリンPS147 Isaac Remsenの校舎

課題と挑戦

新しい試みは課題も多い。1月に始まる2015年度公立小学校の申し込みに向けて生徒を集めることと、今後の教師の確保だ。 学年が増えれば、必要な教師の数も増える。
日本語補習学校と違い、文科省指導要領に沿った授業ではないこと、 低所得家庭の生徒が多く、テストスコアも右上がりとはいえまだ低く、日本人家庭にも戸惑いはあるだろう。しかし優秀な校長と熱心なPTAが学校を改善した前例はいくらでもある。
経済の衰退で一度は消えたアメリカの日本語熱。少数派となった日本語が、世界の次世代にどのような役割を果たせるのか、新しい試みは始まったばかりだ。(文=河原その子)
参考=「アメリカ合衆国におけるイマージョン教育―二言語弁用教育の可能性を考える―」三輪充子研究協力、国立教育政策研究所紀要第135集

学校名: Japanese Dual Language Program at P.S. 147 Isaac Remsen
住所:325 Bushwick Avenue Brooklyn, NY 11206
問い合わせ:williamsburgduallanguage@gmail.com
ウェブ:www.wdlp.wordpress.com
学校タイプ:公立
対象学年:初年度募集はKのみ
生徒数:1クラス最大25人(日本語母国語枠は13人まで)
校長: Sandra Noyola