大竹彩子(焼酎&タパス 彩) 焼酎ソムリエの「つまみになる話」毎月第4月曜号掲載 第十一回 私の好きな焼酎

 とうとう次回でこの「つまみになる話」も最終回。恋愛ドラマで言ったら主人公がいよいよ恋焦がれた相手と結ばれるころでしょうか。そんな最終回から一歩手前の今回は、思い切って私自身が日本で必ず飲む、それこそ恋焦がれる近年お気に入りの芋焼酎のお話をさせてください。
 まず一つ目は「克」です。真っ赤なラベルからはみ出んばかりの太い筆で書かれたこの一文字はかなりの迫力があり、一目見たときから飲まずにはいられませんでした。こちらは芋焼酎造りの巨匠であり「焼酎の魔術師」とも呼ばれる伝説の杜氏(蔵の醸造最高責任者で、味を決める人)前村貞夫氏が人生の集大成として醸した芋焼酎で、お味はというとその大迫力のラベルからは想像できないほど口当たりが良く滑らか。何とも言えない芋の円熟味と絶妙な甘みが口全体に広がります。前村氏はこのコラム第九回「幻の芋焼酎3M」に登場した「魔王」を造った人でもあります。白玉醸造という蔵にて「魔王」造りという大仕事を終えた後、東酒造に戻り、引退前にとことん納得のいく一作品を造ろうとして生まれたのが「克」です。「負けるな人生」という意味で付けられたこの焼酎はマニアを中心に人気が出、今ではシリーズとしてこちらの代表作は通称「赤克」と呼ばれ、ほかにはインターネットでしか買えない「黒克」や、さらには芋焼酎以外にも「麦克」、「米克」(全て通称)などがあります。何かに負けそうな時に飲むと、まさに前村氏の魔術にかかったかのように不思議と力が湧いてきます。
 もう一つ、こちらは鹿児島県内のみで販売されている、かなり通な芋焼酎ファンに人気の「南之方」。こちらは皆さんご存知のさつま白波や神の河を造る名蔵「薩摩酒造」の秘酒です。私がこの焼酎に出会ったのは大阪の小さな焼鳥屋でした。そこの店主が鹿児島に住む親戚から入手しているとのことで、お値段もほかのどんな焼酎よりも安く、初めて聞くこの焼酎の名前に最初は半信半疑でした。ところが実際に飲んでみたところ、全身に電流が走ったかのような衝撃を受けたことを今でも覚えています。今までに飲んだことのない、でもどこか懐かしいような芋焼酎でした。近年口当たり軽めの飲みやすい芋焼酎が増える中、地元の方を始め焼酎愛飲者からの「昔のような本来の〝こいごいとした〟芋焼酎が飲みたい」という熱烈な声に応えるようにして、昭和40年代の製法を取り入れ無濾過製法にて誕生しました。芋そのものの味がその一杯にこれでもかというくらいに凝縮され、雑味は全くなく濃厚で、確実にその当時を幾重にも進化させ洗練された現代の〝こいごいとした〟逸品です。できたての味を大事にするこの無濾過製法は風味が変わりやすいため、販売は鹿児島内限定。さらに裏ラベルにも「できるだけ早くお飲みください」と書いてあるほど、焼酎には珍しくその風味はとても貴重で繊細。
 焼酎はその蔵々の杜氏が魂を燃やし、原料選びから麹の作り方まで代々受け継がれた蔵の伝統を守りながら手をかけ時間をかけて、この世に一つしかない味で造り上げられます。10年ほど前の焼酎ブーム以来、高価格帯の焼酎もたくさん登場しましたが、本来焼酎は毎晩でも食卓に並ぶような私たちにとってとても身近な「庶民の酒」。プレミアと呼ばれる焼酎やブランドの焼酎ももちろんおいしいけれど、近年そればかりに気をとられていた私をハッとさせてくれた2本でした。


大竹彩子
東京都出身。2006年、米国留学のため1年間ミネソタ州に滞在。07年にニューヨークに移り、焼酎バー八ちゃんに勤務。13年10月に自身の店「焼酎&タパス 彩」をオープン。焼酎利酒師の資格をもつ。

焼酎&タパス 彩
247 E 50th St (bet 2nd & 3rd Ave)
212-715-0770 www.aya-nyc.com