NY市スペシャライズド高校入試のドキュメンタリー映画 TESTED documentary film

去る11月、ニューヨークのドキュメンタリーフィルム・フェスティバル「DOC NYC」で、スペシャライズド高校進学への唯一の関門である、SHSAT
(Specialized High Schools Admission Test)に挑む生徒たちの姿を追った「Tested」が上映された。
スペシャライズド高校は、市教育局が「学業、芸術面で卓抜した才能をもつ生徒を教育する学校」とする9校。ラ・ガーディア芸術高校を除き、入学はSHSATのスコアのみで決定する。
映画は、「夢のエリート校」スペシャライズドに入り、人生を変えたいと願う14組の親子の1年と、それを取り巻く教育者たちの姿を紹介し、多民族国家の抱える教育格差との問題をあぶり出し、ホワイトハウスでも上映された。

「Tested」HP。トレーラーを見ることができる:http://www.testedfilm.com

毎年、8校合計定員6千人の枠を目指し、3万人がSHSATを受験する。中でも、歴史と伝統を誇るスタイブサント、ブロンクス・サイエンス、ブルックリン・テックの3校は「ビッグ3」と呼ばれる。その魅力は、高度な教育内容、有名大学進学率の高さに加えて、その名前の持つステイタスだ。
映画の冒頭、「成功への切符はただひとつ、ビッグ3に合格すること」という言葉が挑発的に発される。
今はスペシャライズドと同じか、それ以上のレベルの高校も存在する。また、子どものゴールによって、多様な進学先が開かれているので、スペシャライズドも数ある選択のひとつと、クールな対応をする家庭も増えてきている。が、「これは私たちにとってのアイビーリーグだ」と映画で母親が語るように、依然としてエリートのための学校という伝統に対する羨望は根強い。
「テストで頑張れば、たった一日の結果で、この子たちの世界は変わる」とハーレムの塾講師は語る。無料の公立で、誰でも受験できるSHSATは、一発勝負起死回生のチャンスを生徒たちに提供する。他に選択の余地がなければなおさらだ。

一番人気のスタイブサント高校

人生成功への切符

カメラが追うのは、中国、プエルトリコ、ロシア、バングラデシュ、ドミニカ共和国などからの移民、ハーレムの住人、裕福な家庭からプロジェクトの住人まで、様々な背景をもつ親子たち。
「この場所から抜け出すには、スペシャライズドに行く以外方法はない」と語るハーレムの母親、故郷の一族の希望の星とされるバングラデシュの少女、勉強について行けなくなり、居場所を見失いかけて受験を断念したハーレムの少女、移民一世の親の期待を一身に受け、キンダーから勉強を続ける中国系の少年と、ひとりひとりにスペシャライズド高校が人生の成功切符となる切実な理由がある。

テストをめぐる議論

現在、スペシャライズドの大部分を占めるのはアジア系生徒。最多のスタイブサントでは全校生徒の73%におよび、アフリカ系アメリカ人やヒスパニックの生徒の割合は数%で、残り20%が白人生徒だ。この傾向は他校も同じだ。
カーチス・チン監督は、
2012年、マイノリティ
の権利保護団体NAACP
が、州法の定めるSHSATのみの入試制度を民事告訴したことが、この映画を作るきっかけになった
と、ASAMnewsのインタビューで答えている。
一日のテスト結果だけで、エリート教育を受ける道が閉ざされるのは公平ではなく、生徒のポテンシャルは総合的判断によるべきだと、アフリカ系やヒスパニックの優秀な生徒に高度な教育を受ける道を開く「テスト改正」がNAACPの主張だ。
一方、生徒の能力を最も客観的に判断できるのがテストであり、結果は自己責任に帰するという考えも根強い。映画では、テスト改正の動きに対し、スペシャライズド高校同窓会幹部の黒人男性が、「テスト改正の必要はない。競争に勝ちたければ準備するだけ。陳情の入る余地は無い」と、SHSATを支持するスピーチが映しだされる。
マイノリティで低所得者層であることが必ずしも入試を妨げることにはならないという根拠として、アジア系が多数通学するこれらの高校の低所得家庭への給食費免除率50%という数字もある。
チン監督は「不利な境遇にいる優秀な生徒をサポートするテスト改正議論に、アジア系家庭の教育重視の価値観を投入したかった」と語る。

次代のリーダー育成のジレンマ

これらの学校のゴールは、卒業後リーダーとして社会を牽引する人材を育成することだ。アメリカのような多民族国家では、リーダーにも多様性が求められる。それを育成すべき教育の場が、ひとつの民族グループに占有されるべきではないというのがテスト改正派のセオリーだ。客観的なスコアのみでの選抜は、個人には公平なチャンスだが、社会全体に不都合を招くというジレンマがそこにある。
入試はゼロ・サムゲーム。アフリカ系やヒスパニックの生徒の入学を促進すれば、アジア系や白人生徒の席は減る。現行方式を公平なチャンスとみるか、不公平とみなすかの視点は、立場により絡み合う。
市は、低所得家庭に育つ優秀な子どもたちのために、無料の塾を開催し、スタイブサントではアフリカ系の生徒が後進の生徒をボランティアで指導するが、未だ彼らの合格率上昇は認められない。この差を自己責任とするか、埋もれた才能を発掘する努力を更にすべきか、テスト改正か、答えはまだ出ていない。
上映後、出演した生徒8人が舞台に上がった。合格した生徒もそうでない生徒も、彼らが次の4年間でどのように成長、あるいは挫折を経験して出口に立つのか。彼らが一様にSHSATを支持したことが印象的だった。(文=河原その子)

上映後舞台挨拶をする生徒たちと監督