レインボーフラッグが目指すもの 追悼ギルバート・ベイカー

 

 6月はプライドマンス。今年も最終日曜の25日、ニューヨーク市で世界最大規模のプライドマーチが行われる。マーチの終点はマンハッタン区グリニッジビレッジにあるバー、「ストーンウォールイン」。1969年6月28日にこの場所で起きたLGBTQらによる暴動が、ゲイライツムーブメント(同性愛者の権利獲得や地位向上を求めた活動)の出発点となった。
 これは既に広く知られていることだ。同性愛者の権利の象徴としてレインボーフラッグが使われていることも、みな知っている。しかし、あの旗を生み出した人、ギルバート・ベイカー=写真下記=について知る日本人は少ないだろう。

 
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 ハービー・ミルクが制作を依頼
 ベイカーは、1951年カンザス州に生まれた。94年から今年3月31日に65歳で亡くなるまでニューヨークで暮らした。70年から軍人としてカリフォルニア州サンフランシスコ市に駐屯していた彼はそこで、運命を変える人物と出会う。ハービー・ミルク。米国で初めて同性愛者であることをカミングアウト(公言)して選挙に立候補し、サンフランシスコの市議会議員に当選して公職者となった男。ショーン・ペンが演じ、アカデミー賞主演男優賞を獲った2008年の映画「ミルク」の主人公だ。
 72年には軍を退役し活動家となっていたベイカーは、ミルクからの挑戦状を受け取る。「われわれの活動のために誰もがすぐに理解できる分かりやすいシンボルが必要なんだ。ギルバート、それを作ってくれないか」。
 78年6月25日、サンフランシスコで行われたゲイパレードで初めて、レインボーフラッグは披露された。何に着想を得たかについては諸説あるが、オリジナルデザインは8色で構成されていた。旗を大量生産するに当たり、2色(ピンクとターコイズ)は高額になりすぎるために却下され、現在、世界で最も広く使われている6色版が誕生した。

 つつましやかな傑作
 ニューヨーク近代美術館(MoMA)は2015年、6色旗を収蔵品に決定。収蔵過程に携わった同館アーキテクチャー&デザイン部キュレーショナルアシスタントのミッシェル・ミラー・フィッシャーさんは、収蔵決定の理由を、LGBTQコミュニティーとその歩みの歴史において重要であるだけでなく、「人々の日常生活に溶け込むデザインであるかどうかがポイントだった」と話す。「アートとして優れているということよりも、その点が優先される」というのだ。このことは、ベイカーの製作意図と深くリンクする。その証拠に、「いつでもどこでも、誰もがこのフラッグを使用できるように、ベイカーは決して(フラッグの)商標を登録しませんでした」。フィッシャーさんは、MoMAでこの旗が「Humble Masterpiece(つつましやかな傑作)」と呼ばれ、なぜ特別なのかを教えてくれた。

 

レインボーフラッグ ピンク:sexuality (セクシュアリティー)赤:life (生命)橙:healing (癒し)黄:sunlight (太陽)緑:nature (自然)ターコイズ:magic/art (魔術 / 芸術)藍:serenity/harmony (平穏 / 調和)紫:spirit (精神)

レインボーフラッグ
ピンク:sexuality (セクシュアリティー)赤:life (生命)橙:healing (癒し)黄:sunlight (太陽)緑:nature (自然)ターコイズ:magic/art (魔術 / 芸術)藍:serenity/harmony (平穏 / 調和)紫:spirit (精神)


 

 人生の中で最も美しく、最も意味のあるも
 「このフラッグのデザインは、僕の人生の中で最も美しく、最も意味のあるものになるに違いない」。ベイカーは生前、この旗について、そう話したという。ベイカーの40年来の友人で、自身も活動家のクリーブ・ジョーンズさんは、「ギルバートはこのフラッグで、びた一文も儲けていない。このフラッグはLGBTQのものだけでなく、人種を含んだ全てのマイノリティーのためのもの。そうであってこそ初めてフラッグにギルバートが込めた真のダイバーシティー(多様性)が実現する」と話す。

 

ギルバート・ベイカー(photo: Gareth Watkins)

ギルバート・ベイカー(photo: Gareth Watkins)


 

 2017年、新しい大統領が誕生し、改めてこの国が持つ多様性の意味が問われている。「自由の国」といわれてきた米国における自由とは何か。アイデンティティーとは何か。1978年、国際連合は「LGBTQの権利を求めることは、人権を求めること」として、レインボーフラッグを高らかに掲げた。この旗が象徴するのは、この社会に生きる私たち1人1人なのだ。
 ジョーンズさんは言う。「私たちが今、ここに立っていられて、ゲイであることに誇りを持てるのは、リスクを冒して改革を行い、活動を続けてきた先駆者たちのおかげです。世の中が混沌とする今、ギルバートが生きていれば、必ず一緒に声を上げたことでしょう。私たちの声が未来を創るのです」。

 
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取材・文/山田恵比寿 外資系出版社勤務を経て、2014年からニューヨーク在住。特派員としてインターナショナル誌の編集やコーディネートを担当する。