摩天楼クリニック「ただいま診察中」 【3回シリーズ その3】自閉症スペクトラム障害

自閉症スペクトラム障害

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青木悠太 Yuta Aoki, M.D.
岡山県出身。2007年、東京大学医学部卒業。15年、同大大学院脳神経医学精神医学卒業。同大医学部附属病院で初期臨床研修後、東京都保健医療公社荏原病院、都立松沢病院などで精神科専門研修を行う。15年から日本学術振興会の海外特別研究員としてニューヨーク大学でASDの研究に携わる。

 ニューヨーク大学で自閉症(正確には、自閉症スペクトラム障害、以下ASDと略)の研究に携わる青木先生によると、ASDと注意欠陥・多動性障害(以下、ADHD)の間には共通点が多いそうだ。一方は、社会コミュニケーションの質的障害と興味の限局や繰り返し行動が特徴的な症候群。もう一方は、注意力不足、落ち着きのなさ、衝動性の亢進を特徴とする疾患。一見、相反するように思えるのだが。青木先生は次のように話す。

診断名にとらわれず、症状を正確に把握する
「ASDと診断された人の30〜50%にADHDの症状がみられ、逆にADHDと診断された人の約30%にASDの症状がみられます。例えば、ADHDの患者さんの中には、数字やメカに異常に高い関心を持ったり、他人の気持ちを類推してコミュニケーションを円滑にすることが苦手だったりといったASD的な傾向を持つ人が少なくありません。米精神医学会にはDSMと呼ばれる診断基準があって、2013年までの『DSM-IV』と呼ばれる第4版では、1人の人にADHDとASDの両方の診断基準が満たされた場合にはASDの診断を取る、とされてきました。しかし同年に更新された『DSM-V』では、ASDとADHDの2つの診断の併存を認めています」

 1人の当事者(患者)が2つの病気を持っている、ということなのだろうか?

「現時点ではそのように解釈されるのが一般的です。ただし、ASDとADHDのどちらも「発達障害」という大きなカテゴリーの中にあります。さらに、ASDとADHDのどちらも、その診断名の中でも症状は人によって大きく異なります。なので、私はASDやADHDという診断名にとらわれるのではなく発達障害というより大きな診断に注目し、この人はASD傾向が強いなとかこの人はADHD傾向が強いなというふうに考えています。その当事者(患者)がASDの診断なのかADHDの診断なのかあるいはそれらの併存状態なのかにこだわるのではなく、その人の症状を正確に把握し、その人に合った医療・場所(環境)を探すことの方が、診断を探るよりも大事なことだと思います」

ADHDには薬物療法
 どちらも社会コミュニケーションの困難を伴う障害。やはり、当事者にふさわしい学校や職場の環境を見つけるしか「治療法」はないのだろうか?

「ADHD症状の緩和に関しては、脳内のノルアドレナリンなどの神経伝達物質が症状と関わっていると考えられています。その神経伝達物質を調整する作用が期待される薬があります(例:ストラテラ®・コンサータ®・インチュニブ®など)。これらの内服には医師の診断と処方せんが必要ですが、効果は確実に認められています。なお、これらの薬品には中枢神経刺激薬も含まれますので、日本に持ち帰るあるいは日本から持ち込むといったときは注意してください」

ASDには行動療法
 一方のASDは、先回の繰り返しになるが、「治療薬はない」という理解でよいのだろうか?

「今のところ薬物療法はないが行動療法はある、と考えてください。薬がないからといって悲観的になる必要はありません」。うつ病、統合失調症などに比べ研究が遅れ、長い間、原因や発症メカニズムが不明だったASDではあるが、ここ10数年の研究成果でその正体が見えてきた。「ADHD症状の併発があるASD当事者は少なくともADHDに関しては薬で治せます。ASD傾向の人は、生活や仕事の環境を変えることで当事者に適した状況を作ってあげるのが肝要。この2つのアプローチで症状はかなり改善されるようになってきました」。

“ADHD症状の併発があるASD当事者は少なくともADHDに関しては薬で治せます。ASD傾向の人は、生活や仕事の環境を変えることで当事者に適した状況を作ってあげるのが肝要。この2つのアプローチで症状はかなり改善されるようになってきました”

 15年から、米国で研究を続けている青木先生によると、ASDの行動療法に関しては早期の検知が大切とのことだ。その点、米国は日本よりいくぶん進んだ環境にあるという。「一般的に、幼稚園や小学校の教員の間でASDについての知識が普及していますね。日本の場合、少しぐらい行動に自閉的傾向があっても、『異変』とはせずに『みんなと一緒にやりましょう』と集団行動の中に組み込む傾向があるようですが、米国ではいち早く察知して、医師の診察を促し、ASDと診断されれば当事者にふさわしい環境(学校)を提供します。何よりも重要なのは、ASDを受容する環境づくりです。無理やり社会性を強要するのが一番いけません」。
 自閉傾向が周囲から疾患として理解されないまま、「おかしな子」とレッテルを貼られ差別されるケースは少なくない。その差別が、当事者を「うつ病」(同じ心の病気でもASDとは全く無関係)など別な精神症状を誘発することもあると青木先生は警鐘を鳴らす。
 いずれにしろ、ASDに対する正確な理解と認知の向上、そして環境整備が必須と思われる。(了)

*次週からは貧血について取り上げます。