摩天楼クリニック「ただいま診察中」 血液大全 【10回シリーズ、その1】「貧血」(上)

「貧血」(上)
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川畑公人 Kimihito Cojin Kawabata, M.D., Ph.D.
コーネル大学医学部血液腫瘍内科博士研究員。2003年九州大学医学部卒業、医師。11年東京大学大学院医学系研究科卒業、医学博士。03年から国立国際医療センター医師。11年から東京大学医科学研究所研究員、日本学術振興会特別研究員を経て16年10月から現職。専門は血液悪性腫瘍、分子生物学。

「やい!下手な真似したら血を見るぞ!」。時代劇ではおなじみのせりふだが、平和な日常生活で実際に多量の血を見る機会はあまりない。女性の月経や格闘技、けんかなどを別として、私たちが日常生活で血液を意識することは少ない。だが人体には体重の13分の1(約8%)の血液がある。体重60キログラムの成人男性ならば、およそ4.8リットルの血液が、1分間平均70回という心臓の拍動で、寝ても覚めても休むことなく、全身を循環する。その血液の半分が失われれば失血症で死亡する。
 人間を動かすガソリンともいうべき血液のことを正しく理解すれば、私たちはもっと上手に健康管理ができるはずだ。
「摩天楼クリニック」では、今週から血液大全シリーズと銘打って、徹底的に血液について学ぶ。話を聞いたのは、コーネル大学医学部血液腫瘍内科博士研究員の川畑公人先生。最初のテーマは、血液の異常を表す用語としては一番よく耳にする「貧血」。3回シリーズでお届けする。

Q貧血とは、どういう病気なのですか?
A体を巡る血液は3つの細胞成分(赤血球、白血球、血小板)で構成されているのですが、そのうちの赤血球の成分が不足している状態を「貧血」と言います。

Q貧血の診断は、どうやって行われるのですか?
A採血をして、赤血球の指標のうちヘモグロビン(血液の色素)、ヘマトクリット値(血中に占める血球の体積比)、赤血球数の減少があった場合に貧血とみなされます(右下の表を参考)。日常の診療ではヘモグロビンが正常値(男性:15.7、女性:13.8)未満になることを貧血と呼んでいます。

Q貧血になると、どのような症状が出ますか?

A倦怠感(だるさ)、めまい、立ちくらみ、運動時の動悸、息切れなどで、重症になると失神、低血圧、ショック、昏睡などを示し危険です。しかし、これらの症状は他の病気が原因でも起こり得るので、診断には細心の注意を払わなくてはいけません。例えばめまいです。
 めまいには回転性と非回転性の2種類があるのですが、貧血によるめまいは後者です。周囲がぐるぐる回るタイプではなく、ふらっとしたり船上で揺れているような浮遊感を伴うものです。また、だるさは、心の病気や風邪などのウイルス感染症、過労などが原因の場合もあるし、動悸は不整脈のせいかもしれません。息切れには呼吸器疾患や心不全の疑いもあります。フラフラするのは足の筋力が低下したためかもしれません。そして、複雑な話ですが、これらの病気に貧血が合併することもあるのです。

Q私たち一般の者は、先生が今話された症状を勝手に「貧血なんです」と決めつけてしまう傾向があります。
Aそうなんです。貧血という言葉自体の一般的な使われ方と医学用語との間に解離があることも問題なのです。私たち臨床医師の仕事は、ときにはスラングを含む、患者さんが症状を訴える一般的な言葉を、いかに正確に医学用語に「翻訳」し、科学的論理的に診断に持っていくかだと思うんです。だから、誤診を防ぐためにも患者さんとのコミュニケーションはとても大切ですね。貧血の対処の最初の落とし穴は、あるとすれば、症状が正確に伝わらないこと、何らかの事情で問診の会話がきちんと行われないことです。

 貧血は他のさまざまな病気の危険信号でもあって、とても重大な病気なのです。貧血であることの診断は簡単でも、どういう貧血なのか診断を誤ったために間違った治療を行っているケースは少なくありません

Q貧血の誤診は多いのですか?
A後でも述べますが、貧血は他のさまざまな病気の危険信号でもあって、とても重大な病気なのです。貧血であることの診断は簡単でも、どういう貧血なのか診断を誤ったために間違った治療を行っているケースは少なくありません。 貧血を評価することに慣れていない診療科は、治療を安易に進めないで、血液内科などから意見を集めることも重要だと思います。

Qその意味で外来診察室では、患者側の姿勢も問われますね。
Aはい。私たち専門の医師は常に臨床医学の知識をフル活用して「本当に患者さんの診断名がこれで良いのか?」と自問しながら診療に当たっています。これを鑑別診断と呼んでいます。診断を確実にするためには患者さんの説明が診断名に矛盾しないかも含めて慎重に確認しながら問診をしています。なので、患者、医師の両サイドで、客観的に体に何が起こっているかを探る作業に努めなければならない。患者さんの「仕事」は、正確に症状を伝えることなんです。全てお医者さん任せにするのは床屋さんで椅子に座って「さ、ひとつやってくんな!」と言うようなものです。一方で「私はインターネットで貧血について十分調べてきたから、先生、この治療法で治してください」とおっしゃる患者さんも困ります。これでは症状の原因究明のための折角の機会なのに、正しい診断に行き着かない恐れもあります。診察では、目の前にいる医者の知識を最大限に活用するためのコミュニケーションが何よりも大事だと私は考えます。

 貧血のような一見「ありふれた」病状だからこそ、かえって治療の「始めの一歩」である正しい診断を患者と医師が協力し合って獲得する。そこが非常に大切なのだ。次週は、貧血が起こる原因とメカニズムについて聞く。

William's Hematology, 6thより改変

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