摩天楼クリニック「ただいま診察中」 血液大全 【10回シリーズ、その2】「貧血」(中)

「貧血」(中)

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川畑公人 Kimihito Cojin Kawabata, M.D., Ph.D.
コーネル大学医学部血液腫瘍内科博士研究員。2003年九州大学医学部卒業、医師。11年東京大学大学院医学系研究科卒業、医学博士。03年から国立国際医療センター医師。11年から東京大学医科学研究所研究員、日本学術振興会特別研究員を経て16年10月から現職。専門は血液悪性腫瘍、分子生物学。

 コーネル大学医学部博士研究員の川畑公人先生は、血液学の専門家。日本で臨床医として血液の病気の診療に当たってきた膨大な経験を基に現在は分子生物学の手法を使って血液の謎を解明する基礎医学研究に打ち込んでいる。「血液学では単に病気の診断を下して治療するだけでなく、常にもっと根本的な部分、例えば血液細胞の形成にまで目を向けます。おかげで従来治らなかった病気の仕組みが明らかになり、新しい治療法も生まれているのです」。血のことになると目を輝かせながら語る川畑先生に、今回は「貧血」の影響や原因について聞いた。

Q前回は、血液中の赤血球数が減ることを貧血といい、貧血の診断がいかに重要かを教えていただきました。貧血状態が続くと体にどのような悪影響があるのでしょうか?
A赤血球を構成するタンパクであるヘモグロビンには肺で酸素と結合して体中の組織の細胞に酸素を送る役目がありますから、これが減少すると、全身が「酸欠状態」になります。内臓が酸素の足りない状態になるわけですから負担がかかります。例えば心臓は休みなく運動している臓器ですが、少ない酸素をなるべく全身に送ろうとするために、拍動数と拍出量は必要以上に増えます。これにより継続的に心臓に大きな負荷をかけることになります。

Q知らないうちに心臓に過剰労働を強いているわけですね。
Aはい。酸欠と慢性的な心臓への過剰な負担は、その予備能(後述)を超えると、血液を送る機能が低下する心不全の状態になり、他にも腎臓をはじめとする臓器に負担を強いている状態になります。何よりも脳への影響が侮れません。脳はグルコース(ブドウ糖)と共に酸素が常に供給されていないと働きません。人体の中で最も酸素の消費量が大きい器官が脳です。よって、貧血が続くと脳への酸素供給が滞り、機能や活動を阻害することになります。

Q貧血は放っておくと怖い病気なのですね。
Aそうなんです。場合によっては、命取りにもなりかねません。しかし人間の体には「予備能」といって臓器などの機能が低下してもそれを補う仕組みがあるんです。ここが、注意しなくてはいけないところなのですが、慢性的な貧血の人でも自覚症状がないことが多いです。例えば、前回お話しした血液検査の指標のうち、ヘモグロビン値は成人男性の場合、13から15ぐらいが正常値なのですが、これが徐々に10ぐらい落ちても体には予備能があるために、症状は出ない場合があるのです。一方、急激な失血などでは同程度の貧血でも慢性の場合と比較して強い症状が現れる場合があり、症状の有無と病気の程度、数値の三者の関係がさまざまなことがあります。

Qとはいえ「指標が下がっている=貧血がある」ということは、何らかの異常が体内で起こっているわけですね。では貧血を引き起こす原因とは何なのでしょうか?
A原則的には血液が失われる(出血もしくは血液が体内で破壊される)または血液の産生が低下すると貧血が起こります。一番単純な例が事故などによる外傷により大量出血した場合や大量の吐血、下血などは分かりやすいですが、それ以外の貧血の原因は多岐にわたります(表を参照)。症状の出現が先に述べたようにゆっくり進む場合もありますので正確な診断が行われないことも少なくありません。

Qどのような原因が一番多いのですか?
A貧血の原因診断をするときには人種や性別、国による偏差を考えて行います。例えば、日本人で月経のある成人女性では「鉄欠乏性貧血」が一番多い、高齢者ではがんなどからの慢性の出血による鉄欠乏以外に慢性の病気に伴う貧血が多い、といった具合に頻度を頭に置きながら診断に手をつけています。

 日本人で月経のある成人女性では「鉄欠乏性貧血」が一番多い、高齢者ではがんなどからの慢性の出血による鉄欠乏以外に慢性の病気に伴う貧血が多い、といった具合に頻度を頭に置きながら診断に手をつけています


Q鉄欠乏性貧血とは何ですか?鉄と赤血球が関係あるのですか?

Aはい。成人の体には約4グラムの鉄があって、その役割は赤血球の製造ですが、通常血液の検査で測定している鉄(血清鉄)は全量の0.1から0.3%ほどしか反映されず、よく検査で鉄を測定しますが、これが基準値以下でも鉄が本当に不足しているかどうかは分かりにくい場合があります。残りは赤血球中とそれ以外は非常時用に肝臓などの中にストックしてあります。「貯蔵鉄」というもので、いわば「鉄の銀行預金」です。月経や下血などの出血、老朽化した赤血球の破壊に反応して預金から鉄が供給されて赤血球が作られるのですが、食事から鉄が供給されることと、古い赤血球の鉄はほとんどリサイクルされて預金に組み入れられるので、普段は預金が減ることはないのです。ところが、さらに出血が続くと、預金を過剰に動員しなくてはならず、次第に貯蔵分を使い果たしてしまいます。次第に小さな赤血球しか作れなくなり、最終的には新たな赤血球の製造が困難もしくは不可能となり、重症貧血につながるというわけなのです。

Q鉄の預金が底をつくと貧血になる、とは興味深いメカニズムですね。
 次回は、貧血の治療と予防について教えてください。

文献 1.4.より改変

文献 1.4.より改変

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