新連載② 河原その子の偏愛的劇場論

「シカゴ(Chicago)」

上演時間2時間30分。休憩15分、米倉涼子出演は終了
Ambassador Theater 219 W. 49th St. Tel: 212-239-6200 www.chicagothemusical.com

 1975年初演。96年に演出を一新した再演が現在ブロードウェーでロングラン中の舞台だ。禁酒法時代のシカゴを舞台に、殺人を犯した2人の女囚、ダンサーのベルマと名声を夢見るコーラスガール、ロキシー、そして悪徳弁護士ビリー・フリンが己の利益のために、媚び、裏切り、嘘を駆使し、のし上がる。女囚たちは正当防衛を訴え、マスコミは扇情的な事件を追い、世間は湧く。殺された側の立場はどうなのよ?と突っ込む隙もなく、ラストは無罪を勝ち取りながらあっという間に世間から忘れられたベルマとロキシーの起死回生のショーで終わる。
 皮肉と風刺に満ちたストーリーが、フォッシースタイルといわれる独創的なダンスと黒を基調としたミニマルなセットと衣装で展開する。俳優は自分の技と魅力以外に頼るものはない。そんな舞台で2012年に続いてロキシーを演じた米倉涼子。素直に感服した。

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 「シカゴ」は、人種の壁を破った配役をブロードウェーでいち早く始め、昨年はメキシコのミュージカルスターがロキシーとビリーで共演し、多くのメディアに取り上げられた。各界のセレブ、時には俳優以外も次々に配役することでも知られ、このような交代劇に批判の声もあるが、キャスティング側は、「ロングランは開演時のコピーを続けることではない」と断言。スターたちの個性に合わせて、レギュラー陣も体と心のアップデートが常に求められ、それがショーを新鮮に保つ秘訣だと語る。これはプロデューサーのバリー・ワイズラーの作戦だ。米倉のことも例に挙げ、物語を伝えることができれば性別や人種は関係なく配役するし、それが可能なこの舞台を誇りに思うと、演劇評論家のホセ・ソリスのインタビューに答えている。自身も移民のソリスは、映画版を見た後、ブロードウェーでベルマがアフリカ系だったことにショックと喜びを感じた。そして未来を担う子どもたちが舞台上で自分と同じ人種の俳優の活躍を目にすることの重要さを伝えている。
 リスクを冒しながら壁を破り続ける「シカゴ」、その延長線上に米倉が現れた。5年前にニュースを聞いたときは驚いた。アジア的要素が皆無のブロードウェーの看板ミュージカルでの主演。それってあり?と皆思っただろう。きっかけは、ブロードウェーでのベルマ役で有名なアムラ=フェイ・ライトが、日本で米倉と日本語でベルマを演じたことで触発されたようで、その柔軟な発想はニューヨークタイムズ紙にもビデオ入りで取り上げられた。南アフリカ出身で、さまざまな国で演じ、ブロードウェーでベルマのアイコン的存在になったライトが大きな包容力となり「シカゴ」の多様性を支えているのかもしれない。
 ひとりの俳優が舞台に立つまでの道のりはさまざまだ。特にショービジネスの世界では、実力と努力だけで全ての道が開くと信じる人はいない。しかし舞台の上で観客に生身をさらすとき、俳優はたった1人だ。米国での知名度が未知数という「保険なし」の状態で、米倉はスターのオーラを惜しげもなく発散していた。公開されているデータによると、米倉出演の週は5年前も今回も、その前後より収益が高い。
 芸術とビジネスは必ずしも共存しない。75年の初演時は早々に撤退した。しかし、このまま消しけてはならないと熱望する人たちの思いが再演を実現させ現在に至る。そんな「シカゴ」に米倉は、興行的にも新風を吹かせることでも貢献した。最大限の情熱を捧げて。

 

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ここにも注目!
巨大な国旗の下「正義」を語る裁判シーン。現在の政治状況とオーバーラップするが、96年の再演時から変わらぬ演出。20年経っても古さを感じさせない点は見事。
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河原その子(舞台演出家、ニューヨーク在住)
New York Theater Workshop, The Drama League、Mabou Maines などのフェロー&レジデント。フォーダム大学招待アーティスト。リンカーンセンター・ディレクターズラボ、日本演出者協会会員。コロンビア大学M.F.A.(演出)。www.crossingjamaicaavenue.org