新連載③ 河原その子の偏愛的劇場論

見るものに挑戦する舞台「1984」

上演時間101分、休憩なし。13歳以下は入場禁止
Hudson Theater 139-141 W. 44th St. 855-801-5876  www.revisedtruth.com

 
 

 劇場窓口で「1984」のチケットを購入しようとしたら、「どんな舞台か知ってるの?」と聞かれた。イエスと答えたら「なら説明しなくても大丈夫ね」。

 10月8日までの期間限定で上演中の「1984」(翻案・演出 ロバート・アイク&ダンカン・マクミラン)は、1948年に出版された英国作家ジョージ・オーウェルによる、近未来社会を描いたディストピア小説の舞台化だ。各紙絶賛だが過激な舞台表現でも話題になっている。後半の拷問シーンはニューヨークタイムズの批評家が「拷問ポルノ」と表現し、 劇場では強烈な照明や銃声、暴力表現の警告がなされる。

 観客が途中で退席、嘔吐した、騒いで逮捕者が出たなどの記事も散見される。だから私はこれを書くことにした。この舞台を過激描写が売り物のように誤解してほしくないからだ。しかしこの舞台はホラー映画でもお化け屋敷でもない。
 物語の舞台は1984年。1950年代の核戦争後、世界は3つの全体主義国家に分割統治されている。その1つオセアニアでは指導者ビッグブラザーの下、人々の思考は徹底的に管理されている。市民は「テレスクリーン」を通して監視され、一方的に与えられる情報のみで世界情勢を知り、日々の「2分間憎悪」では、スクリーンに映し出される「敵」の映像に、憎悪をぶつける。「真理省」の役人ウィンストン・スミス(トム・スターリッジ)は歴史改ざん作業に従事しているが、体制に何とも言えない不安を抱き、個人的な考えを日記につけるという禁止行為に手を染める。ある日、同じ思いを抱くジュリア(オリビア・ワイルド)に出会い、禁止されている恋愛感情を抱く。2人は古道具屋の隠し部屋で逢瀬を重ね、党の高級官僚でありながら反体制の一員を名乗るオブライエン(リード・バーニー)に出会うが、思わぬ密告で2人は捕らえられ、「愛情省」での尋問と拷問による徹底的な思想改造がなされる。劇中最も重要であり最も目を背けたくなる場面だ。

photo by Julieta Cervantes

photo by Julieta Cervantes

  「1984」の客席にいる者は、残酷描写とやり切れなさを隠さず描き切るという 創り手の「選択」とその選択への俳優のコミットメントをどう受け止めるかを通して最終的には自分の気持ちを見つめざるを得なくなる。 観客を揺さぶる演出上の仕掛けがあちこちにあるが、それに気づくかどうかさえ、創り手は観客に委ねているように思われる。稀有な観客参加型の舞台、それがこの舞台の価値だ。ぜひ観てほしい、オリジナルプロダクションが上演されている今、ニューヨークにいるのであれば。

 小説はトランプ政権発足直後、いきなりベストセラー1位に躍り出た。大統領就任式の聴衆数を巡っての、コンウェイ大統領顧問の「オルタナティブファクト」発言が「1984」に出てくる、1つの言葉の定義を独裁政権が恣意的に曖昧にし、矛盾を受け入れさせる思考法「ダブルシンク(二重思考)」を思い起こさせたからだ。
 初演は2013年。ロンドンで大ヒットし、ローレンス・オリビエ賞ベストプレイにノミネート、その後再演、再再演を経てブロードウェーにやって来た。作・演出の、マクミラン氏はガーディアン紙に、2014年のスノーデンの内部告発、オーウェルの時代には存在しなかったソーシャルメディアでのプライバシーの「だだ漏れ」の状態との関連性など、すでに物語は架空でなく現実だと述べている。
 舞台終盤、戦慄のセリフとシーンがたたみ掛けるように続く。早く終わってほしと思うのは、自分の弱さなのか、逃げなのか、知らずにいたいという気持ちか? いや、本当は知っていたはずのことばかりではないのか? 自分は今、拷問を受けている人間に対して何者なのか? 101分の上演時間で傍観者から内省へと、物語を見る立ち位置が変化する。

 
 

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ワンポイントアドバイス!
doublethinkをはじめminitrue (Ministry of Truth=真実省)、 Ingsoc (English Socialism=イングランド社会主義)など作者による造語が多い。あらすじを読んで物語の世界観を予習してからの観劇をお勧めする。
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河原その子(舞台演出家、ニューヨーク在住)
New York Theater Workshop, The Drama League、Mabou Maines などのフェロー&レジデント。フォーダム大学招待アーティスト。リンカーンセンター・ディレクターズラボ、日本演出者協会会員。コロンビア大学M.F.A.(演出)。www.crossingjamaicaavenue.org