摩天楼クリニック「ただいま診察中」 呼吸器疾患 【5回シリーズ、その1】気管支喘息(上)

気管支喘息(上)
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今村 充 Mitsuru Imamura, M.D., Ph.D.
コーネル大学医学部呼吸器内科博士研究員。
2001年、東京大学医学部卒業、医師。08年、東京大学大学院医学系研究科卒業、医学博士。09年、東京大学保健・健康推進本部助教。11年、東京大学医学部アレルギー・リウマチ内科助教。12年、ハーバード大学Brigham and Women’s Hospital博士研究員。13年11月から現職。日本アレルギー学会認定専門医および日本呼吸器学会認定専門医。

 全世界で1億5000万人が苦しみ日本国内でも800万人が罹患しているとされる気管支喘息。ハウスダスト、ダニなどに対するアレルギーが主な病態と考えられるが、大気汚染や住宅建材、タバコの煙などの生活環境、ウイルス感染なども発症・病態に関与し、ストレスや過労による誘発も少なくない。社会や生活の現代化と共に増加する気管支喘息とは一体どのような病気なのか? またその治療法は? 完治しにくいといわれる気管支喘息と共存するには? コーネル大学医学部で呼吸器内科博士研究員としてこの病気を専門的に研究する今村充医師に話を聞いた。

Q「ぜんそく」と聞くと、呼吸がぜいぜいして咳が止まらない印象があります。
A呼吸がぜいぜいいうことを専門用語で「喘鳴(ぜんめい)」と言います。気管支喘息の主な症状の1つですが、これがあっても例えば心不全のような他の疾患が原因の場合もあるので、一概に決めつけない方がいいですね。

Qズバリ、気管支喘息とはどのような病気なのですか?
A鼻腔、口腔と肺をつなぐ空気の通り道を気道といいますが、その気道のうち、喉で食道と枝分かれしたのちが気管となり、その先の枝分かれした部分が気管支です。ここに起きる病気が気管支喘息です。気管支喘息の一番大きな特徴は、気管支に慢性的に、つまり長期にわたって、炎症が起きる点です。

Q慢性的な炎症が起きると気管にどのような影響をもたらすのですか?
A空気の通り道である気管支が狭窄(狭くなる)します。気管支喘息ではちょっとした刺激によって咳や痰が誘発されたり気管支が収縮しやすくなったりしますが、それを「気道の過敏性」と呼びます。気管支の収縮、痰や粘液が詰まってしまうことによる狭窄に加えて、長期の炎症によって気管支の壁が厚くなって、内腔が狭くなる場合もあります。

Q気管支が細くなれば、当然、呼吸が苦しくなりますね。
Aはい。そのような発作性の呼吸困難が気管支喘息の症状です。具体的には、「吸って、吐いて」の吐くときに苦しくて吐けなくなります。

Q僕なんかは中年太りと運動不足で、突然走ったり年甲斐もなく激しい運動をしたりするとすぐ息苦しくなりますが、気管支喘息独特の「苦しさ」というものがあるのですか?
A喘息は、閉塞性換気障害を伴う疾患の1つです。閉塞性換気障害の診断には「1秒率」という呼吸機能検査の項目が用いられます。1秒率とは大きく深呼吸した後で、息を努力して吐き出した空気量のうち最初の1秒で吐き出された量(1秒量)の割合のことで、これが70%を切ると、閉塞性換気障害が疑われます。閉塞性換気障害を伴う疾患には、気管支喘息や慢性閉塞性肺疾患(COPD)などがあります。

Qとにかく、息を思いっきり吐くときにうまく吐けなくなったら、気管支喘息の可能性があるわけですね。他に症状としては?
A気管が詰まって呼吸が妨げられる際にゼイゼイ音がする、前述の「喘鳴」がありますね。そして、咳および痰です。咳以外の症状が乏しい「咳喘息」というのもありますが、8週間以上、慢性の咳が続いたらそれは気管支喘息による咳を疑う必要があります。

Q風邪の咳との違いは、長期間にわたる点ですね。
Aはい。少し安静にして短期間で改善するような咳は、気管支喘息による可能性は低いです。

Q気管支喘息の疑いがあった場合は、どのお医者さんに行けばいいのですか?
A一般の内科医でも大丈夫ですが、呼吸器やアレルギーの専門医に診てもらうことを推奨します。

Q気管支喘息の診断を下すのは難しいのですか?
典型的なものに関しては分かりやすく、すぐ診断が下せますが、肺結核、COPD、心不全など他の疾患を除外する必要もありますし、正確な診断のためには前述の呼吸機能検査を受けるべきですね。
 閉塞性換気障害があり、気管支喘息が疑われる場合、呼吸機能検査の際にβ2刺激薬という気管支拡張薬を用いる「気道可逆性検査」が行われます。気管支拡張薬に反応して気道が広がり、吸入前に比べて一定以上1秒量が改善する場合は、「気道可逆性がある」と言います。また気管支を刺激して収縮させる薬剤を希釈して吸入し、吸入濃度を段階的に上げていく「気道過敏性検査」も行われます。普通の人では反応しないような薄い濃度で1秒量が悪化する場合は、「気道過敏性が亢進している」と言います。気道可逆性や気道過敏性が認められると、気管支喘息の可能性が高いです。

Q気管支喘息の症状と診断についてはよく分かりました。話が前後するのですが、では、なぜこのような炎症が、気管支に発現するのですか?
A気管支喘息の原因の60から70%は、アレルゲンを吸い込むことによって起こる気道炎症です。ダニ、カビ、ハウスダスト、ペットの毛などがアレルゲンです。これらが気管に入り込んだ際に免疫細胞が過剰に反応して、攻撃してしまうのが気管支喘息の主なメカニズムです。

Qということは、気管支喘息は、いわゆるアレルギー反応の1つとして理解してよいのですか?
A「アレルギーの関与が強い病気」と言うのが正しいでしょう。他にも運動や特定の薬剤、ストレスや例えば台風接近による気圧の変化などでも喘息の症状は誘発されます。しかし、多数の気管支喘息、特に幼少期に発症する喘息の大半がアレルギー性(別名アトピー型)です。そして、アレルギー性気管支喘息の場合、免疫細胞が特定のアレルゲンに対して準備を完了した「感作された」状態になっているため、アレルゲンが入ると、常に過敏反応、過剰攻撃をしてしまうのです。
 例えば、ダニ抗原が気管に入ると、ダニ抗原特異的な免疫グロブリンE(IgE)にダニ抗原が結合することで肥満細胞を活性化し、ヒスタミン、ロイコトリエンなどを放出する→そのために気管が収縮し痰も出る→さらに気管が閉塞して呼吸困難になる。という流れです。症状が激しい場合は、死に至ることもあります。実際に、日本全国でもいまだに、高齢者を中心に、年間2000人近い人が気管支喘息で亡くなっています。かつてはその数が6000から7000人といわれていました。治療法は進んでいますが、それでも危険な病気であることは間違いありません。

 次回はその治療について教えてください。(10月13日号につづく)