連載⑪ 山田順の「週刊:未来地図」 「おもてなし」は素晴らしい文化なのか(5)

日本ではサービスはすべて料金に含まれている

 欧米人観光客にとって、チップ制度のない日本は、その計算をしなくて済むという意味で「素晴らしい国」である。たいていの欧米人はそれを知って日本にやって来るが、一部、知らないで来た人間はビックリする。
 とくに、日本人ガイドや知り合いから、「日本ではチップをあげるのは、相手に対して失礼になります」と言われると、もっとビックリする。そして、必ずこう聞いてくる。「それならば、どうやって受けたサービスに対して感謝の気持ちを表せばいいのですか?」
 これに対する一般的な答えは、「そんなことはしなくても、受ける側は自然にわかっています。ありがとうだけでいいのです。これが、日本文化ですから」である。
 ただし、もうちょっときちんとした答え方をすると「日本ではサービスはすべて料金に含まれています。タクシードライバーもウエイターもチップで生計を立てているわけでないので、配慮する必要はないのです」。では、これを聞いた欧米人はどう思うだろうか? どんなひどいサービスであってもサービス料金がのせられているということで、どこか不条理さを感じるはずだ。そして、日本のおもてなしとは、じつは上辺だけのもの、たいしたことではないと思うのではないだろうか?

払いたいと思ったら必ず払ってと言い続ける

 だから、私はあるときから、欧米人(だけではない、すべての外国人)に対して、「日本ではチップを払わなくてもいい」などとは、けっして言わないことにした。
 私は無償のサービスなどあっていけないと思っているので、「たとえサービスチャージが付けられていても、チップを払いたいと思ったら必ず払ってください」と、彼らに言ってきた。
 これを話すと、「それは無駄だ。たいていの店でチップを返してくるはずだ」という反論が出る。しかし、それは、日本人だけのケースだ。それに、日本でも旅館に泊まれば「こころづけ」を包んで渡す。これを拒否されたことがあるだろうか? タクシーの場合も、お釣りの小銭を渡して受け取らなかった運転手はいない。
 そういうふうに考えると、日本人同士なら返されることがあっても、相手が外国人なら返すことはない。日本人客には、「こういうことをされては困ります。うちではこういうものは受け取りません」と言っている店も、外国人客がテーブルにチップを置いていったら、追いかけてそれを返すことなどしないはずだ。
 実際、そういう話を聞いたことはない。日本のホテルでは、ピローマネーを置かなくてもいいことになっている。しかし、これは間違っていないだろうか。たとえ100円(ワンコイン)でもいいから、置くべきではないだろうか?
 なにしろ、日本のホテルでのベッドメーキング、室内清掃は素晴らしい。おもてなしが素晴らしいなら、絶対その対価を取るべきだ。

「ノーチッピング」は顧客の意思を無視した行為

 最後に、最近の「ニューヨーク・ポスト」や「ビジネス・インサイダー」などの紙面、それに接客業の専門サイトなどをチェックすると、「チップ廃止運動はたち消えになりそうだ」「ノーチッピングはうまくいっていない」という趣旨の記事が掲載されている。
 その理由は、料理の値段が20%~30%上がって、客離れが進み、そのうえ常連客にも評判がよくないからだという。最初は効果的だったが、いまは逆効果になっているとも伝えられている。
 たとえば、 レストランチェーン「Urban Lodge」(アーバンロッジ)は、このほどいったん廃止したチップ制度を復活させた。その理由をオーナーのロイ・ドッド氏は、「チップがなくなったことによって、高くなった料理の値段を強制的に払わされているという感じが、顧客に嫌われるようになったから」と言っている。
 やはり、「おもてなし」は、それをされる側の顧客が評価して、初めて「おもてなし」になる。その対価があってこそ本物になる。日本のおもてなしは、サービス料をはじめから値段にのせていることで、もっとも大切な顧客の意思を無視した行為ではないだろうか?

 
 

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【山田順 】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

この続きは、10月24日発行の本紙(アプリとウェブサイト)に掲載します。
※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。