百年都市ニューヨーク 第16回 創業1905年 パトナム・ローリング・ラダー社(中)

創業者のサミュエル・パトナム

創業者のサミュエル・パトナム

名門経営大学院で
青春を謳歌

 1950年、2代目社長キャロライン・レームが退くと甥っ子のウォーレン・モンシーズが、パトナム・ローリング・ラダー社(以下パトナム社)のトップを引き継いだ。
 1922年7月4日にニュージャージー州ホーボーケンで生まれたウォーレンは、同州モンクレアで育ち、2009年11月9日に亡くなるまでそこで過ごした。身長185センチ、靴のサイズが29.5センチの巨漢ウォーレンはペンシルべニア大学のウォートンスクールに進む。全米で最も歴史のあるビジネススクールで、現在も世界有数の経済学・経営学専門の大学院だ。
 投資家ウォーレン・バフェットや起業家イーロン・マスク、アップル元CEOのジョン・スカリー、日本のトップ企業人などウォートンの卒業生名簿はまばゆいほどのドルマークで埋め尽くされている。ドナルド・トランプ大統領とその娘イヴァンカも卒業生だ。
 経営理論の合理的・科学的指導が校訓の名門校にあって、ウォーレンは勉学の傍ら、フラタニティ(学生社交クラブ)やバスケットボールに明け暮れる青春を謳歌していたが、時あたかも第2次世界大戦のただ中。3年で早期卒業を余儀なくされ、欧州戦線に送られる。「父は、あまり戦争のことを語りませんでした。43年にブラインドデートで会った母と急かされるように結婚して、すぐに戦地に赴いたのです」と、息子で現相談役のグレッグ・モンシーズさんは語る。2年間従軍し部隊長まで昇格したが、幸い激しい戦闘に関わることなく終戦を迎え、無事母国に引き上げた。

3代目のウォーレンさん(右)と4代目で現在は相談役のグレッグさん。ハシゴを挟んでポーズ。2005年ごろ撮影

3代目のウォーレンさん(右)と4代目で現在は相談役のグレッグさん。ハシゴを挟んでポーズ。2005年ごろ撮影

父の経営理念

 1946年、世界が平和を取り戻すと、ウォーレンは迷わずパトナム社に参加。以来、2009年まで63年間休むことなく同社に身を捧げた。うち59年間は社長職。これは世界に類を見ない長寿記録だ。同社が100年以上の歴史を誇るのもひとえにこの3代目社長の情熱と体力によるところが大きい。
 戦地での経験より母校ウォートンでの薫陶を愛したウォーレンは、毎日、アイビースタイルのジャケットに帽子という出で立ちで出勤。夏にはその帽子を麦わらに、ジャケットをシアサッカー生地のストライプ柄に変えるなどコンサバだが一貫したお洒落哲学を持っていた。
  「父は仕事の鬼でした。朝8時に誰よりも先に出社して、勤務中は私用電話一切禁止。母からの電話さえ受けませんでした。年間の休暇は2週間だけ、ランチは必ず自分のデスクで食べて、工場に行ったら、作業台をテーブルがわりに工員と一緒にサンドイッチを頬張る。そんな人でした」とグレッグさん。父ウォーレンは自分の成果や財産をひけらかすのが大嫌いだったそうだ。「1980年代、初代社長パトナムの在任期間を父のそれが上回った時点で進言したんです。『社名をパトナム&モンシーズにしたら?』って。父は血相を変えて私を睨みつけました。『そんな必要はない!なぜそんなことをしなくてはいけないのか? このままでいいんだ。自分のことなど考えるな!』と」

ブルックリンのブッシュウィックにある自社工場。オートメーション以前の機械が並ぶ

ブルックリンのブッシュウィックにある自社工場。オートメーション以前の機械が並ぶ

市内にある
ハシゴ製造工場

 今年1月にソーホーにあった本社屋を売却し、現在はウォーレンの出生地ホーボーケンを経営拠点にするパトナム社だが、商品の製造は全てブルックリンの自社工場で行っている。場所は、マンハッタンから地下鉄L線に乗って行くブッシュウィック。かつてはプエルトリコ移民が多く住む工場街だったが、最近では技巧を凝らした数多のミューラル(壁画)が目を引きすっかりアートの街と化している。その一角のジェファーソンストリート400番地。重い鉄製のドアが開くと、現相談役のグレッグさんが笑顔で迎えてくれた。ウォーレン譲りのアイビールックは、製材所のような無骨な作業空間にあまりにもミスマッチで、つい微笑んでしまう。「ここがパトナム社の工場です。早速ご案内しましょう!」。大股で歩く67歳のグレッグさんの後をついて工場内に分け入れば、そこには100年以上変わらぬ手作業の世界が広がっていた。
(3月16日号に続く)

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Putnam Rolling Ladder Co, Ltd
作り付けの木製可動式ハシゴおよび木製スツールの製造・販売会社。顧客はニューヨーク市をはじめとした全米の富裕層。ジョージ・W・ブッシュ元大統領、オノ・ヨーコ、ブルック・シールズ、ダイアン・フォン・ファステンバーグと、セレブリティーの名前がきら星のごとく並ぶ。2016年の総売上は約300万ドル(約3.2億円)。
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取材・文/中村英雄 映像ディレクター。ニューヨーク在住26年。人物、歴史、科学、スポーツ、音楽、医療など多彩な分野のドキュメンタリー番組を手掛ける。主な制作番組に「すばらしい世界旅行」(NTV)、「住めば地球」(朝日放送)、「ニューヨーカーズ」(NHK)、「報道ステーション」(テレビ朝日)、「プラス10」(BSジャパン)などがある。