気になる経済 【ビジネス】ニューヨーカーが選ぶ「アンコール起業」 

50歳以上の起業家が増えている理由

全米で近年、高齢で起業する人が増えている。今回はセンター・フォー・アーバン・フューチャーズ(CUF)の報告書から、アンコール起業家の現状と課題を探る。

2008年のリーマンショックから10年。金融街では17年の平均給与が42万2500ドル(約4743万円)に膨らみ、リーマンショック以来最高水準をつけた(6面参照)。ニューヨーク市内の景気も好調を保ち続けており、不動産価格や賃金も上昇しつつある。
だが不景気を契機に解雇された熟年労働者の再就職の道は厳しかった。17日付ニューヨークタイムズでは、13年に58歳で解雇されたアートディレクターのデイビッド・グラッパーさんを紹介。何百もの会社に応募し、解雇から約半年で再就職にこぎつけたが、その1年後に再び解雇されたという。そこでグラッパーさんが思いついたのが、「自分が自分のボスになる」、つまり、起業することだった。グラッパーさんはブルックリン区を拠点として、貯金わずか2000ドル(約22万5000円)で映像製作会社を設立。「自分の好きなことをしながらお金を稼ぐのは素晴らしい」と話しているという。
市内で近年増えているのが、グラッパーさんのように高齢で起業する「アンコール起業家」。都市政策を提言する非営利団体、センター・フォー・アーバン・フューチャーズ(CUF)はこのほど、市内のアンコール起業家の動向を初めて詳細に分析した報告書「STARTING LATER: Realizing the Promise of Older Entrepreneures in New York City(遅れてのスタート: ニューヨーク市内の高齢起業家たちの将来性認識)」を発表した。

ことば
アンコール起業家(Encore Entrepreneur)

人生の終盤で事業を始める起業家のこと。50歳以上を指す場合が多い。同じ会社や業種で長年勤め上げた人が「アンコール(もう一度)」のキャリアを始めることをいい、多くの場合が初めての起業で、自宅などを拠点にした小規模なビジネス形態からスタートする。米国では増加傾向にあり経済を支える新たな主体となることが期待されているが、依然として数は少ない。

ベビーブーマー世代(baby boomers)から「ブーマー起業家」と、また高齢起業から「シニア起業家」「高齢起業家」とも呼ばれる。

AARPのツイッター(@AARP)より

AARPのツイッター(@AARP)より

報告書よると市内の50歳以上の人口増加率よりも2倍以上の速さで、50歳以上のアンコール起業家の人口が増えている。2000年には市内で12万8282人いたアンコール起業家は、16年には63.7%増えて20万9972人まで急増。これに対して、50歳以上の人口全体は同じ期間で28.5%しか増えていなかった。
最も多いのはマンハッタン区で7万2996人。2番目はクイーンズ区(5万8597人)、ブルックリン区(4万5961人)、ブロンクス区(2万2094人)、スタテン島(1万324人)と続いた。
米国コミュニティー調査によると、55歳から65歳までの就業しているニューヨーク市民のうち15%は自営業。どの年齢層よりも高い割合だ。また同報告書が小規模ビジネスの起業支援団体に対して行った調査からは、起業を考えている市民全体のうち、およそ3分の1は50歳以上だったという。

自ら進んで、仕方なく

アンコール起業家の道を選ぶ理由は2種類に分かれる。1つ目は自己実現や長年の夢を叶えるため。同調査によると退職後に第2のキャリアを築こうと考えても、通常の就業形態では老後の出費を賄えることは少ないという。また、稼ぎだけではなく「自分が自分のボスになる」起業という形は多くの人にとって働きやすく、特に健康面や通勤条件で制約を受けることが多い高齢者は自宅などを拠点とできるのもメリットだという。
高齢になると通常の就業形態では雇用が見つけにくいのも理由だ。08年のリーマンショックを期に解雇や減給、降格された人は、50歳以上ともなると条件の良い仕事を新たに探しても年齢やスキル不足を理由に就職までこぎ着けるのは難しい。雇用主の立場から見ても若年層より人件費や健康保険費用がかかる高齢者はリスクが多いといえる。実際、市内の55歳以上の失業者数は06年の9622人から今年は2万5000人と3倍近くに増えている。こうした人たちにとって、アンコール起業は「最後の手段」なのだ。

市民の平均寿命が伸び、50歳以上世代の割合が増えているのもアンコール起業家が拡大している理由だ。2015年の市民の平均寿命は81.2歳と、06年から1.5年伸びた。全米平均(78.7歳)と比べても高い水準だ。
16年現在、50歳から74歳までの市民は220万人を数え、市全体の人口の26%を構成している。50歳以上人口は10年から10%以上増え、35年には市全体の3分の1に迫ると推定されている。

◎リスク大きく、支援も手薄

増えているといってもアンコール起業にはさまざまな課題がある。起業には初期投資が必要だが、高齢の場合、銀行や金融サービス会社にとってリスクが大きく、金銭的な支援を受けるのが難しい。そのため退職金や貯金を使って起業する高齢者が多いのだが、事業に失敗したときの備えがないのでよりリスクは高い。きちんと計画して起業しなければ何もかも失い、老後が賄えなくなる恐れがある。また、起業家にとって必要不可欠なのが経営やマーケティングで使うテクノロジーのスキル。SNS活用も今や当たり前となったが、起業するに当たって初めて使い始める高齢起業家も少なくないのだという。
さらに最も大きな問題としては、アンコール起業は増えているといってもまだまだ新風で、ロールモデルとする「先輩」や同様の条件で肩を並べるライバル、一緒にビジネスを進める同年代の起業家が少ない。そのため支援体制も整っておらず、シニアセンターなどの高齢者支援団体は医療や健康のサービスは充実しているが起業についての支援は少ない。一方で雇用や起業のサポート団体は若年層などを対象としたサービスが多く、高齢者への支援体制は十分とはいえないという。
それでも近年、アンコール起業家のための支援やコミュニティーもできつつある。米中小企業庁(SBA)は高齢者への起業アドバイスを行う他、退職者らの会員で構成する米退職者協会(AARP)は地元事業開発会社やコミュニティー団体と連携して「Work for Yourself @50+(50歳以上で自分のために働こう)」と題したシニア向けの起業ワークショップを全米で開催している。アンコール起業の草分けは済んでいる。大切なのは計画性と思い切って踏み出す勇気だ。

参考記事:[Center for an Urban Future] STARTING LATER: Realizing the Promise of Older Entrepreneures in New York City
[New York Times] Retire? These Graying ‘Encore Entrepreneurs’ Are Just Starting Up

気になる人事

マーク・ベニオフ
セールスフォース・ドット・コム
最高経営責任者(CEO)

World Economic Forum

World Economic Forum

米IT大手のセールスフォース・ドット・コムCEOのマーク・ベニオフ氏(53)が妻と共同で、米誌タイムを1億9000万ドル(約213億4370万円)で買収した。同誌を傘下に持つメディア大手、メレディスが16日に発表した。発表によると、ベニオフ夫妻による個人的買収で、セールスフォースは関与していない。30日以内に承認される見通しだという。
ベニオフ氏は世界有数の億万長者。2016年3月現在、セールスフォースの株式のうち30億ドル(約3370億円)相当を所有していると推定されている。
1964年、カリフォルニア州サンフランシスコ市生まれ。ユダヤ系の家庭で育ち、地元の高校に在学中に初めてのアプリを75ドルで販売。15歳でリバティーソフトウェア社を設立し、初期のホームコンピューター向けのゲームを開発、販売した。このころテレビゲーム開発会社で複数のゲームを出版し、16歳までに月1500ドルの印税を稼いでいた。
南カリフォルニア大学ビジネス学専攻に入学。在学中はアップルでインターンシップとして働いた。86年に卒業後、ソフトウェア会社オラクルに顧客サービス担当として入社。以後13年間、セールス、マーケティング、商品開発などあらゆる分野で幹部職員として従事。23歳と26歳で同社のルーキー・オブ・ザ・イヤーに選ばれ、史上最年少で同社副社長まで上りつめた。
1999年にセールスフォースを設立。ソフトウェアを構築、稼働させる土台をインターネット経由で提供する利用形態「PaaS(Platform as a Service)」を設立した。慈善活動にも力を入れ、会社製品の1%、収益の1%、従業員の労働時間の1%を世界で活躍するコミュニティーに寄付する「1−1−1モデル」を提唱、実践している。

気になるアプリ
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最寄りの公衆トイレを地図上で検索できる。「清潔」なトイレは緑で、「不潔」なトイレは赤で表示。使ったトイレを評価、レビューも投稿可。