摩天楼クリニック「ただいま診察中」(連載53)乳幼児突然死症候群(下)

今村壽宏 Toshihiro Imamura M. D.
SBH ヘルスシステム 小児科レジデント
2003年、長崎大学医学部卒業、医師。聖路加国際病院で小児科研修後、07年から国立成育医療センターで小児集中治療に従事。11年、カリフォルニア大サンディエゴ校小児科研究員。16年から現職。日本小児科学会認定専門医。

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米国では、うつぶせ寝が乳幼児突然死症候群(SIDS:Sudden Infant Death Syndrome)の危険性(リスク)を上げることが分かり始めた後、1994年から仰向け寝の推奨「Back to sleep campaign」を開始。発生頻度は現在の2000人に1人まで減少した。この現象は、米国のみならず日本を含めた他の国でも起きている。子どもの病気シリーズ最終回は、SIDSのリスクを回避する上で最も重要とされる乳幼児の寝かせ方と、SIDSの最新の研究報告についてブロンクス区聖バルナバス病院ヘルスシステムの小児科で治療に当たる今村壽宏医師に聞く。

Q とても重要なので前回のおさらいをしたいと思います。SIDSが起きてしまった家庭の共通点は、①喫煙(妊娠時を含む)②母親のアルコール過剰摂取(主に妊娠時)③母親が20歳未満 ④早期産 ⑤男児 ⑥非母乳育児 ⑦うつぶせ寝、などですね?
Aはい。①の禁煙や②のお酒を控えめにするといったことは意識して行うようにしてください。もちろん、母親だけでなく家族全員が、妊娠前、妊娠中、出産後も行うべきです。これは常識ですよね。
 寝かせ方ですが、米国小児学会(AAP: American Academy of Pediatrics)が現在推奨している方法は、親と同じ部屋に置いたベビーベッドで、仰向けに寝かせる方法です。横向きもやめてください。さらに、柔らかいマットレスを避け、おもちゃや枕などはベッドの上に置かないでください。毛布などを過剰に使うのを避け、赤ちゃんが汗をかくほど暖めないことも大切です。日本人の親御さんに特に注意してほしいのが、添い寝をしないということです。授乳中であればいいのですが、そのままお母さんも寝てしまわないように、家族みんなで注意して見守ってあげてください。

Q 寝かせ方でその他に注意することはありますか?
A 米国で仰向け寝の推奨が始まった当初は、赤ちゃんがミルクを吐いたときに窒息する可能性があるのではないかなどと心配されましたが、その後の観察で問題がないことが確認されています。唯一の問題は、後頭部が平らになってしまうということでしたが、現在はその予防に「タミータイム(Tummy time)」の指導をしています。タミータイムは、赤ちゃんが起きているときに数分だけうつぶせにしてあげるエクササイズで、頭の形だけでなく首の座りや筋肉の発達にも良いのでぜひ試してください。

Q ③ ④ ⑤についてはどうしようもないですね。
A これらについてはやや複雑です。確かに防げることではありません。⑥ についてはAAPが、最低半年間の母乳育児を推奨することも考慮すると、大切なことだとは思います。ただし個人的な意見としては、女性の社会進出や初産の高齢化などが考慮される現代においては、事情によりやむを得ないこともある非母乳育児を悪のように極論するべきではないとも思います。
 また赤ちゃんの血中酸素濃度、脈拍数、体の動きなどを家庭でモニタリングできる機械も市販されていますが、それでSIDSが防げるかといえば確証はありません。現在こうした機械は、生まれつき健康面に問題がある赤ちゃんにのみ限定的に使用されることが多いようです。

Q SIDSについて、最近の研究報告はありますか?
A 近年の研究で2つのことが分かってきました。1つ目は心臓や呼吸が止まる少し前から脳に酸素が足りていない状態が起きているようです。これは死後の髄液の検査から分かってきたことです。また呼吸や睡眠覚醒をコントロールしている脳の部分に異常が多く認められることも確認されました。これらは、呼吸コントロールの未熟性や異常がSIDSの原因の大きな部分を占めている可能性を示しており、前述の安全な寝かせ方の重要性にもつながります。また、無理な首の角度になり呼吸をより圧迫するので、車での移動時以外にチャイルドシートなどで寝かせることを避けた方が良いでしょう。
 2つ目はSIDSで亡くなった赤ちゃんの何割かは不整脈を発生しやすい心臓を生まれつき持っていました。医学用語で「チャネル異常症」と呼ばれ、近年理解が進んできている病気がこれに当たります。まだ全容の解明には至っていませんが、将来の診断や治療の開発につながる明るい材料といえるでしょう。

Q SIDSの他に睡眠中の赤ちゃんが突然死する病気はありますか?
A SIDSは乳幼児期の死因の第3位で、1位と2位は生まれつきの奇形や染色体異常と、生まれてすぐの呼吸の問題です。赤ちゃんが突然死する病気はいろいろあり、脳、心臓、肺、代謝、ホルモン、感染、外傷まで多岐にわたります。予防法があるとすれば、かかりつけの小児科で定期的に発達などについての問診・診察を受け、予防接種をきちんと受けておくことが大切です。実は予防接種を規定通りに受けた乳幼児にはSIDSの発生率が低いことが分かっています。ただし、これが直接的に影響しているかについては今後の研究を待たなくてはいけません。

Q SIDSで子どもを失った親に対するケアについて、今村先生のお考えをお聞かせください。
A どのような状況であっても、わが子を失う痛みは耐え難いつらい経験です。私も仕事柄、こういった場面に多く立ち会ってきましたが、寄り添う側の医療者ですら精神的に疲弊します。ただ、私たちは数日または数週間で、次の子どもの命を救うためにまた前を向くわけですが、不幸にも赤ちゃんを失ったご家族はそうはいきません。喪失からの立ち直りの研究も看護師や臨床心理士を中心に確実に進んできています。喪失の経験を共有するセルフヘルプグループは長期的なケアの観点からは非常に有効だと思います。
 最後に、集中医療に携わった身としては、数カ月後や数年後にでも、赤ちゃんの心肺蘇生中に私たちに対して感じたことを話してくださるご家族の存在のありがたみを痛感しています。答えるのが本当に難しい質問ですが、しっかりと取り組んでいくべき大切な問題だと思います。(了)

米国小児学会が推奨するのは、親と同じ部屋に置いたベビーベッドに仰向けに寝かせる。横向きをさせない。柔らかいマットレスを避け、おもちゃや枕などはベッドの上に置かない。毛布などを過剰に使うのを避け、赤ちゃんが汗をかくほど暖めない。添い寝をしないといった寝かせ方です。