連載222 山田順の「週刊:未来地図」「天皇」報道に関する数々の疑問(下) 新時代「令和」が始まって改めて思う

なぜ譲位前に伊勢神宮に参拝されたのか?

 4月17~19日、平成天皇、皇后両陛下は伊勢神宮を参拝された。メディアは「皇祖神の天照大神(アマテラスオオミノカミ)に、譲位の報告をされるため」と伝えた。また、「皇室では古くから結婚や即位などさまざまな節目に伊勢神宮に参拝するしきたりがある」とも伝えた。
 しかし、伊勢神宮参拝を始めたのは明治天皇からであり、それ以前の天皇は伊勢神宮を参拝していない。最後に伊勢神宮を参拝したのは、なんと持統天皇である。
 とすれば、伊勢神宮参拝のしきたりは、明治期につくられたことになる。「古くからのしきたり」ではないのだ。
 平成天皇は、皇位とともに継承される「三種の神器」のうち剣と璽(じ)を持って伊勢に行かれた。これは、もう一つの八咫鏡(やたのかがみ)が、伊勢神宮の御神体となっているからだ。とすると、天照大神は、いまも伊勢神宮におられることになる。なぜ、昔は天皇とともに大和の国にいた天照大神を伊勢に移したのだろうか?また、そうだとしてもなぜ都に戻さなかったのだろうか?
 「日本書紀」によると、天照大神は崇神(すじん)天皇の御代に、天変地異が相次いだので宮中から出し、居所を転々とさせた後に伊勢に落ち着かせたことになっている。
 はたして、これが本当なのかは、確かめようがない。また、そうならなぜ、歴代の天皇が伊勢神宮を参拝しなかったのか不思議だ。

天皇家は「神道」を信仰してはいなかった

 今回、メディアがまったく伝えなかったのは、数々の皇室の祭祀が、じつは明治になって定められたことだ。さらに、天皇家は、代々「神道」を信仰してきたのではないということだ。代々の天皇の信仰の中心にあったのは仏教であり、日本は明治時代まで仏教国だったのである。
 「神道」というのは、徳川政権にとって代わった薩長連合が、新国家建設にあたって系統化したもので、それまでは一種の祖先崇拝の礼として行われてきたものにすぎなかった。薩長連合は、武家政権が続いてきた時代にほとんど無力化した天皇を担ぎ出し、自分たちの政権の正当性を強化するため、神道をいわば「国教」のようにしたのである。それまでの「神仏混淆(しんぶつこんこう)」は改められ、内務省社寺局の下に、全国の神社は統合された。
 実際のところ、持統天皇以来、室町時代まで、天皇は火葬に付され、仏式で法要を受けていた。また、江戸時代の天皇の多くは、京都の菩提寺である泉涌寺(せんにゅうじ)に葬られている。
 薩長連合政府は、天皇家の私的な祭祀行事まで踏み込んで、これを明文化した。明治4年には「皇室祭祀令」を定めることで、大嘗祭などの祭祀に関して、かなり細かい式次第まで法律化したのである。つまり、数々の皇室祭祀を「長年のしきたり」というのは間違ってはいないが、式次第は100年ちょっと前につくられたものにすぎない。
 しかし、いまやメディアはこういったことを無視して、天皇制と神道を日本の伝統としている。

知られざる歴史を解明し新しい天皇の道を

 このように見てくると、現在の天皇制は、時代によって大きく変わってきたことがわかる。もちろん、もっとも大きく変わったのは、戦後、日本がアメリカに占領されたときである。いまの天皇はこれまでのどの時代とも違う「象徴」として存在している。
 そして、それに対して絶えざる努力をすることを強いられている。私見を述べれば、天皇をこうした地位に置くのは、天皇にとっても国民にとっても不幸ではないかと思う。
 ではどうしたらいいかと問われれば、明確な答えは出せない。安倍内閣が進める憲法改正では、天皇は元首として明記されている。ただ、前記したように、そうしてしまうと政治勢力に利用されかねない。象徴に代わり、天皇がもっと自由になり、国民に親しまれ、敬意を持って日本という国の礎になる道はないのだろうか?
 私としとしては、この世界に類を見ない天皇制の歴史について、もっと正確に知りたいと思う。いつまでもあやふやな神話と伝統で片付けてしまうのはよくないと思う。そう思うと、たとえば、全国の古墳の大々的な発掘調査をやって、知られざる歴史を解き明かしてほしい。
 しかし、これは、宮内庁が認めない。なぜ、自分たちの国の本当の歴史を隠す必要があるのだろうか?
 それを知れば、天皇制と天皇に対して、私たちの敬意と親しみはもっと深まると思うが、どうだろうか。また、天皇ご自身も、ルーツを知ることで、「令和」という新時代の天皇像を追求することができるのではないだろうか。
(了)

【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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