連載⑦ 河原その子の偏愛的劇場論

新劇場ザ・シェッドのこけら落とし
日本人舞台美術家が抜擢

「DRAGON SPRING PHOENIX RISE」

作: ジョナサン・エイベル&グレン・バーガー、チェン・シージン
演出: チェン・シージン
上演時間:120分(休憩15分) 上演期間:7月27日まで
The McCourt at The Shed @ Hudson Yards  545 W. 30th St.
https://theshed.org/program/5-dragon-spring-phoenix-rise

宇宙空間のような「ドラゴン・スプリング・フェニックス・ライズ」の舞台
(photo: Stephanie Berger)

 今年の4月、マンハッタン区ハドソンヤードの一角にできたアートセンター、ザ・シェッド(The Shed)。なかでも高さ135メートルの巨大な空間を誇るマコート劇場のこけら落とし公演の1つとして「ドラゴン・スプリング・フェニックス・ライズ」が今月27日(土)まで上演されている。今回は、同公演で舞台装置を担当する兵庫県神戸市出身の舞台美術家、幹子(みきこ) ・S・マックアダムスさんについて書きたい。古くからの友人に親しみを込めて、ファーストネームで呼ぶことをお許しいただきたい。
 同作品は、マンハッタンとクィーンズのカンフー武術家の派閥争いを軸に、引き離された双子が憎しみと対立を超えて勇気と希望を見出していく現代の寓話である。
 幕開け、赤子を抱いて逃げる母親を覆う、うっそうとした森が空中でゆっくりと移動する。観客の頭上に浮かぶ白い布の集合体による円形の装置は、地下深くから見上げる水晶の結晶のようにも、またあるときには大気圏から俯瞰する地球のようにも見える。遥かな高みに上昇していく円形のオブジェから複数の戦士が降臨してくるさまは、力への畏怖を表現しているのだろうか。静寂の地上(ステージ)には水が湧き出て魂を葬い、炎が舞う。見事な宇宙的空間だ。
 音楽、ダンス、オペラ、ハリウッド映画などパーフォーミングアーツ界の一流アーティストとの共同作業で空間をデザインし、巨大演劇プロジェクトを創りあげる幹子さん。その姿を見ていると同じ日本人演劇家として誇らしい気持ちになる。幹子さんは現在、米演劇界で最も評価される舞台美術家だ。

幹子さん(photo: Sonoko Kawahara)

 舞台美術の仕事に魅せられたのは10代のころ。大阪芸術大学美術家在学中に、兵庫県川西市文化会館でアルバイトをしながら、舞台裏の方の技術や知識を身につけるにつれ、本格的に舞台美術を専門的に学びたいと決意。大学を中退し、1993年、舞台美術家養成の理論や訓練、実践を大学院レベルで学ぶ米国へ飛ぶ。シアトルの大学で舞台美術を学んだ後、エール大学大学院で舞台美術の修士号(MFA)を取得。同大学院は世界中から才能が集まり「舞台美術家への登竜門」として知られる超エリート校。同大学院卒業後から現在までに116本の舞台を創ってきた。
 舞台美術家としてのみならず、幹子さんの仕事に対する綿密さと制作チームを動かすリーダーシップはブロードウェーで大きな信頼を得ている。デザイナーに次ぐポジションであるアソシエートとして関わったブロードウェーの16作品中8作がトニー賞最優秀美術賞候補となり、2本が同賞を受賞。渡辺謙の「王様と私」(2015年)も幹子さんの仕事だ。トニー賞常連の舞台美術家、マイケル・ヨーガン氏はとりわけ幹子さんへの信頼が厚く、「ライト・イン・ザ・ピアッツァ」(05年)の受賞スピーチで「幹子なしでこの賞はなかった」と全米演劇界注視の中、名指しで賛辞を贈った。
 「人生の半分ずつを日本とアメリカで過ごした。自分が社会の多数派である立場と、少数派である立場の両方の体験をしていることは、私の強み」と話す幹子さん。しかし、多様性を標榜する米演劇界とはいえ、アジア人、女性、移民が多様性を担うための「要員」として生き残り、仕事の依頼が来るほど甘くない。商業演劇界ではなおさらだ。上へ行くほど人種の壁は厚い。学歴社会でもある。幹子さんは人一倍の努力と才能でその壁を超えてきた。
 「芸術の街と憧れていたパリを訪れたとき、ちっとも美しいと感じなかった。ベルサイユ宮殿の豪華絢爛さ、時が過ぎても変わらない石造りの堅牢さーそこに感じたのは『力』だった。美の感覚は皆同じではない。生活は文化に密着し、ものの見方は表現に直結する。滅びの美学や侘び寂びなど自分の美の感覚は日本で培われた土台の上にあるのだとパリで実感した」。だからこそ、異なる視点での表現が自分に与えられた仕事だと言う。
 今秋からは母校エール大学の大学院で舞台美術も教える。次世代の演劇人に求めることは何かとの問いに、「日本を飛び出した日本人の仕事が世界の次世代に受け継がれ、その種が日本に還ってくること」と答えた。

河原その子(舞台演出家、ニューヨーク在住)
New York Theater Workshop, The Drama League、Mabou Maines などのフェロー&レジデント。フォーダム大学招待アーティスト。リンカーンセンター・ディレクターズラボ、日本演出者協会会員。コロンビア大学院舞台演出修士(M.F.A.)。www.crossingjhamaicaavenue.org