百年都市ニューヨーク 第44回 1915年創業 ロンゾーニ

 普段、何気なく使ったり食べたりするものの中に、ニューヨーク生まれの製品が意外に多いことをご存知だろうか。パスタでおなじみの「ロンゾーニ」もその1つ。104年前、クィーンズのロングアイランドシティで創業した老舗だ。今でこそ業界最大手のニューワールドパスタ(本社はペンシルベニア州ハリスバーグ)の傘下に入り彼の地に移転したが、1990年代初頭まではノーザンブルバードと50ストリートの角に、全米最大級の工場を構えていた。

工場跡地の写真ロンゾーニの工場が1980年代まであった、クィーンズのノーザンブルバード沿い。現在はホームデポが建つ

米国の食事を変えたイタリア移民

 ニューヨークの食生活においてイタリア料理ほど重要な位置を占めるものは他にない。ピザはランチの人気ランキングで相変わらずナンバーワンだし、外国料理店の数で比べても、中国料理(2901軒)はさておき、イタリア料理(993軒)は第2位。3位の日本料理(744軒)に大きく水をあけている(数字はニューヨーク市保健精神衛生局の衛生調査報告書から)。全米を見渡してもニューヨークのイタリア料理は群を抜いておいしいと評判だ。
 米国でイタリア料理の普及に貢献したのは、言うまでもなくイタリア系移民だ。本国の政治の混乱やそれに伴う経済状況の悪化が原因で、大量のイタリア人が米国に押し寄せたのは1880年頃。多くは南部やシチリア島の貧しい農民や非熟練労働者たちだった。その後、1924年の法改正でイタリアからの移民受け入れにストップがかかるまで、イタリア系の移民人口は急増。1915年には、その数が全米で500万人を超えた。
 そんな労働力とともにイタリア人がもたらしたのが「料理」。それ以前のニューヨークでご馳走といえば、せいぜいステーキかハンバーガー。スナックといえばホットドッグ。飲み物といえばビール。いずれも19世紀に先行上陸していたドイツ系移民の食文化だ。栄養はあっても味わいに欠ける。
 大量のイタリア系移民がこれに納得するわけがなく、彼らは迷わず母国の料理を導入した。トマトソース、オリーブオイル、モッツレラチーズ、魚料理、カノーリやティラミスなどの菓子類、そして多種多様なパスタが米国の台所と食堂をにぎわすようになる。移民たちが経済力をつけるのに従い「リトルイタリー」と呼ばれるイタリア人街が、マンハッタンのみならず、ブロンクス、ブルックリン、そしてクィーンズのあちこちに出現した。ロンゾーニのパスタが生まれたのは、そんな時代だった。

店頭に並ぶロンゾーニのパスタ。バリラ (Barilla)やディチェコ(De Cecco)などイタリア産のパスタと比べ安価なことも人気の理由

若くして起業、時代に押されて急成長

 創業者エマニュエル・ロンゾーニは、1881年にジェノバ近郊の貧しい漁村サンフルッチオーソから家族と一緒に移民。やはり圧政や飢饉と疫病から逃げるようにして、希望の街ニューヨークに渡って来た。エマニュエルは10代にして早くもローワーイーストサイドの小さなマカロニ工場で働き始める。1895年にはパートナー2人と「アトランティックマカロニ社」をロングアイランドシティのバーノンブルバードで起業。以後20年間、鬼のように働いてコツコツ貯めたお金を元手に、満を持して「ロンゾーニマカロニ社」を設立した。1915年のことだ。最初の工場はノーザンブルバードと35ストリートの角、今では、中古車店が軒を並べるあたりにあった。
 時あたかも第1次世界大戦(1914〜18年)の真っ最中。1917年に米国が参戦すると、欧州からの物資輸入が途絶える。これを追い風にロンゾーニ製の国産パスタが飛ぶように売れ始め、東海岸のメジャーブランドにのし上がってゆく。スパゲッティやマカロニに加え、ボウタイパスタ、ジッティ、フッシーリなどそれまで米国にはなかったお洒落な形のパスタをラインナップに取り入れたことも人気の理由の1つ。 
 大戦後の好景気も幸いし1925年には第2工場を同じくノーザンブルバードと36ストリートの角に増設。戦後も堅実に成長を続け、1950年には、前述の50ストリート工場が完成し、ロンゾーニはクィーンズにはなくてはならない経済推進力となった。1984年に創業者一家は会社をゼネラルフーズに身売りするが、工場は1990年代初めまで操業していた。
 パスタが去ったその広大な跡地には今、日曜大工チェーンの「ホームデポ」が建つ。小麦粉の残り香どころか昔日の面影は微塵もない。
 この辺りはピアノメーカーの「スタインウェイ&サンズ」のお膝元で、同社が運営する路面電車がノーザンブルバードをゴロゴロと走っていた。その車庫跡がホームデポの西隣りにある小ショッピングモール。わずかに残る瀟洒な事務棟の一角に冴えないピザチェーンが入っている。どんなに目を凝らしても耳をそばだてても、ここに「パスタの王国」があったとは、想像できない。
(了)

取材・文/中村英雄 映像ディレクター。ニューヨーク在住26年。人物、歴史、科学、スポーツ、音楽、医療など多彩な分野のドキュメンタリー番組を手掛ける。主な制作番組に「すばらしい世界旅行」(NTV)、「住めば地球」(朝日放送)、「ニューヨーカーズ」(NHK)、「報道ステーション」(テレビ朝日)、「プラス10」(BSジャパン)などがある。