第8回 小西一禎の日米見聞録 日米における虐待の違いとは?


第8回 小西一禎の日米見聞録
日米における虐待の違いとは?

 

2021年春にニュージャージー州から本帰国し、現在暮らす埼玉県で、いわゆる「トンデモ条例案」(とんでもない条例案)が10月、俎上に載せられた。子どもを車内や自宅などに放置することを禁止する「埼玉県虐待禁止条例改正案」。県議会最大会派の自民党埼玉県議団は、全国で子どもの置き去り死亡事故が増えていることを踏まえ、同月初旬に提出。6日の県議会委員会で可決し、13日の本会議で成立の公算だった。

NHKや全国紙、民放キー局がこの騒動を大きく報じると、SNS上などで批判の声が沸騰した。PTA連合などが反対姿勢を示したほか、ネット上でも撤回を求める署名集めが始まった。埼玉県に寄せられた1000件を超える意見のうち、ごくわずかの賛成を除き、圧倒的多数が反対だったという。県選出の自民党国会議員や県内の首長など足元からも批判が高まり、こうした県内のみならず、全国からの抗議を無視できなくなった自民党県議団は10日、「説明不足で混乱を招いた」ことを理由に挙げて、最終的に条例案を取り下げた。今後再提出するかについては「今はゼロベース。何も考えていない」(自民党県議団)としている。

虐待見かけた場合の通報義務付け

同県議団が昨年から検討を続けてきたとされる条例案の中味を確認してみよう。罰則こそ盛り込んでいないものの、成人にあたる「養護者」が小学3年生以下の子どもを自宅や車内などに放置するのを禁じ、見かけた場合の通報を県民に義務付けた。小学4~6年生については、努力義務とした。禁止行為の内容については「住居その他の場所に残したまま外出することその他の放置」とだけ記していた。

委員会審議における自民党県議団の答弁から浮かび上がった具体的な禁止行為は①自宅で留守番させる②子どもだけで公園で遊ばせたり、登下校させたり、買い物に行かせる③車に子どもを残して、買い物に行くーなど。自宅で留守番させる行為の中には、100メートル先の家に回覧板を届けるための外出も含むと例示していた。審議の過程で、同県議団は米国の事例を参考にしたことを明かしている。

ここまでお読みになられた米国在住の皆様は、どのようにお感じになられただろうか。昭和の日々を連想させる回覧板云々は米国になかったと記憶する(今の日本でもほぼ廃れていると思われる)が、上の①~③はニュージャージー州を含め、ほぼ全ての州で対象年齢はそれぞれ異なるが、禁止されていることだろう。そして、隣人はじめ周囲の人が見かけた際には、子どもの虐待事案として通報することが求められる。

2017年に渡米するにあたり、複数の米国在住経験者から「治安が良すぎる日本で当たり前のことが、子どもの虐待に当たることが多いから、注意して」とアドバイスを受けた。そのうちの一人は、子どもが自宅で大泣きしていたら、隣人から911に通報されたとこぼしていたのを思い出す。

 

シッター、ナニーが日常的な米国

シッターやナニーが社会的に認知され、共働き世帯を中心に日常生活の一部としてすっかり普及している米国。対する日本では、共働き家庭は学童保育の活用が主流で、一人で家に帰る「カギっ子」も珍しくない。子どもの連れ去り・置き去り事案が恒常的な米国に比べると、日本はまだその段階に至っていない。

私自身、学校も習い事もマイカーで完全送迎していた米国から帰国した直後こそ、子どもだけで登下校している日本の光景があまりにも信じがたく、およそ受け入れられなかったため、登下校に完全に付き添っていたが、そのうち止めてしまった。日本の治安の良さを過信しているわけではないが、常に緊張感を強いられていた米国に比べると、まだまだ日本の治安は保たれているのが実情だろう。


2016年にブログで書かれた「保育園落ちた日本死ね!」との文言は大きな話題となり、都市部を中心に保育園不足、待機児童増が社会問題化していた。待機児童ゼロを達成した自治体が増えてはいるものの、保育士のなり手不足もあり、待機児童問題は完全に解消したとは言い切れない。今回の条例が仮に本会議で可決、成立したら、どうなっていただろう。保育園や学童保育が一気に足りなくなり、専業主婦・主夫世帯でない家庭はどちらかが離職を余儀なくされるケースもあるだろう。条例への抵抗感から、埼玉県からの人口流出も進んだ可能性もある。


まさに、この原稿を書いている最中、NHKテレビ「キャッチ!世界のトップニュース」の人気コーナー「@nyc」で、ダジャレが得意なマイケル・マカティアさんが、ブルックリン区で昨年から始まった「バイクバス」の取り組みを紹介していた。子どもが親とボランティアとともに自転車で通学するという試みで、大音量で音楽を流し、ホランティアが協力するという、良くも悪くも米国らしさを感じた。

 

小西 一禎(こにし・かずよし)
ジャーナリスト。慶應義塾大卒後、共同通信社入社。2005年より政治部で首相官邸や自民党、外務省などを担当。17年、妻の米国赴任に伴い会社の休職制度を男性で初取得、妻・二児とともにニュージャージー州フォートリーに移住。在米中退社。21年帰国。コロンビア大東アジア研究所客員研究員を歴任。駐在員の夫「駐夫」として、各メディアに多数寄稿。「世界に広がる駐夫・主夫友の会」代表。専門はキャリア形成やジェンダー、海外生活・育児、政治、団塊ジュニアなど。著書に『猪木道 ~政治家・アントニオ猪木 未来に伝える闘魂の全真実~』(河出書房新社)。

 

タグ :