創刊20周年特別企画 日本人コミュニティを彩る人々

創刊20周年特別企画
日本人コミュニティを彩る人々

ニューヨークの日本人コミュニティには、数知れないサクセスストーリーがある。その成功のお陰で、日本文化やビジネスがアメリカに根付くきっかけにもなっている。

 

KORIN創業者・社長
ゴハンソサエティー創立者・代表 
川野 作織さん

苦難は「人生の道場」
湾岸戦争、911、
パンデミックを乗り越えて

失敗と学びで切り開いた道  

―渡米されたきっかけを教えてください

学校を卒業したらニューヨークに行きたいとずっと思っていました。大学卒業後、公立中学校の教員を2年務めましたが、やっぱりニューヨークに行って自分を鍛えて、60歳になったら日本に戻って、ボランテアで教育に関わることをしたいと思い、1978年に渡米しました。

50歳になる前後くらいに、日本に帰るよりも、海外で仕事の経験を積んでみたいという人たちを受け入れて、一緒に仕事をしながら自分の経験を伝えていく方が合っていると思い、今にいたります。

―KORINはどんな経緯で創業されたのですか?

ニューヨークに来てから日本食レストランで働いていました。1981年の初めぐらいに、移民弁護士さんからあと1年くらいでグリーンカードが取得できると言われ、取れたら何をしたいか考えました。当時はレストランの経験しかありませんが、日本食レストランが使っている物はわかったので、そういうものを日本から仕入れて行商したら食べていけるんじゃないかな?ということで始めました。

―初めは有田焼を仕入れて行商されたと伺いました

最初の1年はレストランで働きながら、休み時間と休みの日に行商していたのですが、レストランのシェフからは扱ってもらえず、アパートの部屋に在庫がいっぱい溜まってしまいました。自分の好きなもの、良いと思ったものを仕入れてみたのですが、当時は業務用と家庭用の食器の違いっていうのも知らなくて、全部家庭用だったのです。

困ってどうしようなんて思っていたら、フォートリーのオークツリーセンターのアカネサロンのお隣に空きスペースを見つけて、大家さんに頼んで土日にタダで場所を貸してもらいました。ファイナルセールにして、レストランに売れないものが2日間で5000ドル売れました。

その時の写真を友人が送ってくれました。私、顔と手にすごく力が入っているんです。頑張らなくちゃみたいな。ちょうど始めて一年ぐらい失敗を重ねて。今もそうですけれど、失敗を繰り返しながらちょっとずつ学んで、今年で創業42年になります。お客様をはじめ取引先やベンダーさん、一緒に働いてきたみんなに支えられてきたことに、すごく心から感謝しています。

セール会場での写真、顔と拳に力が入る。

時代の苦難を乗り越えて

―42年で大変な思いもたくさんあったと思います

いつも必ず、7年から10年周期で驚くような大きな出来事がありました。1991年の湾岸戦争では売上が半分以下になって、立ち直るのに4〜5年以上かかったかな。そして次が2001年の9.11です。お店が立ち入り禁止地区になって3ヶ月なにもできなくて、元の売り上げに戻るのに4年ぐらいかかったんです。やっと2000年のレベルに立ち戻ったと思ったら、08年にリーマンショックがあって、また売り上げが落ちて、立ち直るのに3年以上かかりました。12年にやっと立ち直ったと思ったら、20年にパンデミックになって。

―どんな想いで乗り越えてきたのですか?

絶え間なくいろんなことがあったことで、なにかあってもあまり苦じゃなくなってきました。苦難が人生の道場みたいに、練習をすればするほど乗り越えられる精神を鍛えることができたような。しらないうちに自分の中で訓練になっていて、なにか大変なことがあった時にも、対応する心構えができました。パンデミックになった時は、やっぱりまたきたか、頑張らなくちゃと思えました。

年齢もとても大事だと思います。若い時は体力も気力もありますし、例え失敗しても、まだ取り戻す時間がありますよね。若い方にお勧めするとしたら、進んででもいろんなことにチャレンジして、たくさんの経験を積んでみてください。そしてその自分の対応できる能力を高めれば、年齢とともに時間も体力も限られてくる時には、若い時からの頑張りや経験がものすごく助けになると思うのですよね。

 

未来への架け橋

―ご自身の今後の目標をお聞かせください

あと10年は頑張りたいです。また10年経ったらあと10年頑張りたいと言えるように、とりあえず10年(笑)。

今まで自分が学んだことをどのようにしたら、若い人たちにうまくシェアできるかなと考えています。今の私の一番の役割は、そういう頑張っている若い方々へのエンカレッジメントだと思うのです。私がアメリカに来てからの46年で学んだこと、失敗したことを伝えて、それを聞いた若い皆さんが勇気を持って頑張り続けられるように、そういう活動をしたいと思っています。

―実際にどんな活動をされているのですか?

一つはインターンで、当社で20年ほど前から日本からの職業研修生を受け入れています。今も20代の研修生がいて、また春にも2人来ます。日本人がニューヨークで仕事の経験を積む機会は限られるので、今はそれが私にできる一番のことじゃないかなと思っています。

それからゴハンソサエティーという日米シェフ交流プログラムの NPOを2005年からやっています。これを始めた私のミッションは、食文化を通して日本をできるだけ多くの方々に好きになっていただくことです。そして親日家をたくさん作って、ここにいる日系の私たちと一緒に日本を紹介する活動をしていただければと思っています。

―日本人コミュニティ対する想いをお聞かせください

ニューヨークの日系コミュニティの人数は、他のアジアの国々の方と比べて少ないですよね。それでもみんなで力を合わせて、日本を発信していけるようになりたい。みんなそれぞれに頑張っていらっしゃるので、人数は少ないけれども、プレゼンスは大きいっていうような、そういうニューヨークの中の日系コミュニティにますますなれるように、自分もそこの中でやれることをしっかり頑張っていきたいと思います。

ゴハンソサエティーでは、シェフを日本にお連れして、研修と見学の機会を提供するのですが、日本に行ったら皆さんすごくインスパイアされるんです。皆さん「ライフ・チェンジング・エクスペリエンス」とおっしゃるのですよ。そんな経験に少しでもお手伝いできるっていうのは、私の人生にとってもとても素晴らしいことです。日本が素晴らしい文化を持っているからこそできることですね。