2025年10月8日 小山 尚彦 COLUMN

慶大教授、小山尚彦が導くAIの世界 最終回、AIが変える社会の未来図

革命を起こす勢いで進化中のAI。慶応義塾大学WPI Bio2Q特任教授の小山尚彦(こやまたかひこ)が、いまさら聞けないAIの基礎知識から最新のコンピューティング情報まで、分かりやすく解説。

小山尚彦(こやま たかひこ)慶応義塾大学WPI Bio2Q特任教授。1999年コーネル大学において物理学博士号を取得。武田薬品工業、IBMワトソン研究所を経て現職。専門はAIとQuantum Computingのライフサイエンスへの応用。武田薬品工業ではがんや中枢薬の研究、リード最適化などを行った。2014年にIBMワトソン研究所でワトソンゲノム解析のリーダーとなる。20年に発表した新型コロナウイルスの論文が中国科学院より先に発表され話題となる。大阪府出身。

人工知能(AI)の進歩が、これまでになく大きな話題となっています。2024年から25年にかけて、AIは実験的な技術から、政治、経済、そして私たちの日常生活に深く関わる社会インフラへと変化してきました。

現在のAIから将来のAGI(汎用人工知能)への発展は、産業革命に匹敵する、もしくはそれを上回る社会変革をもたらす可能性があると考えられています。最新のデータと専門家の分析を基に、AIが政治・経済・社会に与えている具体的な影響について考察してみたいと思います。

政治への影響:予想とは異なる現実

2024年選挙で起こったこと

2024年の米大統領選挙を前に、多くの専門家がAI生成のディープフェイク(偽動画)による選挙妨害を心配していました。しかし、実際の状況は予想とは大きく異なっていました。

専門機関の調査によると、選挙期間中に確認されたディープフェイクの事例は比較的少数にとどまり、従来の「チープフェイク」(AI以外の手法による偽情報)の方が多く使用されていたことが報告されています。

AIガバナンスの政策変化

アメリカでは、政権交代によってAI政策が大きく変わりました。バイデン政権は2023年10月にAIの安全性テストと政府への結果共有を義務付ける大統領令を発出しましたが、トランプ政権は25年1月20日にこれを撤回し、代わりに「アメリカのAIリーダーシップの障壁除去」を掲げる新たな大統領令を発出しています。

一方、国際的な動きとして、初のUN人工知能決議が24年3月に125カ国の共同提案で採択されました。EUでは世界初の包括的AI規制法であるEU AI法の施行が24年8月1日に開始され、アメリカでは連邦法制定が進まない中、16州がAI関連法案を成立させています。

経済への影響:急速な市場拡大と雇用の変化

AI市場の成長

AI経済の規模は驚異的なスピードで拡大しています。プレシーダンスリサーチの調査によれば、2025年の世界AI市場は約7600億ドルに達し、34年には3兆6000億ドルに到達する見込みです。さらに、24年のベンチャーキャピタル投資は1000億ドルを突破し、前年比で約80%という大幅な増加を記録しました。

雇用への複雑な影響

従来の技術革新では「新しい仕事が生まれる」という考え方が一般的でしたが、AI、特にAGIの労働代替については、より複雑な議論が必要かもしれません。コンピュータが登場したとき仕事は奪われるどころかむしろ増えました。今回のAIのブームでも同様なことが起こり、なくなる仕事もあるが、より多くの仕事が作りださせると主張する人もサム・アルトマンをはじめ少なくありません。確かにAI関連雇用は32%成長を記録し、AIスキルを持つ労働者の賃金プレミアムは43%に達しています。しかし一方で、深刻な構造的変化も起こっています。

ソフトウェアエンジニアリング分野を例に見ると、マイクロソフトのサティア・ナデラCEOは、同社のコードの30%がAIによって書かれていることを明らかにしています。同時に、最近の解雇の40%以上がソフトウェアエンジニアを対象としているという現実もあります。2024年には15万人以上のテック労働者が職を失い、2025年には現在までに5万人以上に達しています。つい先日、セールスフォースが4000人のカスタマーサポートスタップを解雇し、AIで対応することを発表しました。コンピューターの登場の時とは今回は違うようです。それは、コンピューターが単なるツールに過ぎなかったのですが、AIは根本から知的労働を代替するからです。

働き方の変化:週休3日制への動き

AIによる生産性向上を背景に、週休3日制の導入を検討する企業が増えています。2024年12月の調査によれば、すでに米国の就労者の30.1%が生成AIを業務に活用していることが報告されています。こうした変化に対して、ビル・ゲイツは「AIの進展によって将来的には週3日勤務、さらには週2日勤務も可能になる」と述べ、労働時間の短縮と余暇の拡大を強調しています。また、サティア・ナデラも「AIは単に効率化をもたらすだけでなく、知的労働の進め方そのものを再設計する」と指摘しており、働き方の抜本的な変革が迫られていることを示唆しています。

若者の雇用問題

AIの普及は、特に若者の雇用に深刻な影響を与えているようです。アメリカでは若年層の就職活動が困難になっており、特に技術系分野を専攻した新卒者でも就職に苦労するケースが報告されています。企業側もエントリーレベルの職種の採用を削減する傾向があり、有名企業のインターンシップ採用率は極めて低い水準となっています。

世界的には若者の失業率が高止まりしており、国際労働機関(ILO)の報告によると、約6500万人の若者が仕事に就いていません。特に深刻なのがインドなどの新興国の状況で、高等教育を受けた若者ほど失業率が高いという逆転現象が起きていることが知られています。

AI分野の専門家からは、今後5~10年間でホワイトカラー業務の多くが自動化の対象となり、特にエントリーレベルの職種への影響が大きくなる可能性があるとの見方が示されています。

Physical AI:物理世界での変革

ヒューマノイドロボットの実用化

これまでの議論は主に知識労働における影響でしたが、Physical AI(物理的AI)の進歩により、肉体労働の分野でも大きな変化が起きています。2025年は「ヒューマノイドロボット実用化元年」と呼ばれるほど、急速な普及が始まっています。

テスラのOptimusは2025年に数千体、26年には最大10万体の生産を目指しており、価格は2~3万ドル(約300~450万円)と、従来ロボットの10分の1以下を実現する予定です。Figure 02はBMWの工場で実際に部品取り付け作業を成功させ、400%の速度向上と7倍の精度向上を達成しています。

興味深いことに、01年にNASAが開発した人型ロボットは150万ドル以上のコストがかかっていましたが、わずか20年余りで価格は100分の1以下まで下がりました。この劇的なコスト削減により、これまで「SF映画の世界」だった人型ロボットが現実的な労働力として考えられるようになっています。

これらの人型ロボットの革命的な点は、人間の作業環境をそのまま活用できることです。従来の産業用ロボットのように専用スペースを設ける必要がなく、既存の工場やオフィスにそのまま導入することができます。

AGI時代の社会変革

「人間固有」とされた分野への影響

従来「AIには置き換わりにくい」とされてきた分野でも、AGIの登場により状況が変わりつつあります。

カウンセリング、営業、接客といった対人スキルが重要とされる職業についても、変化の可能性が議論されています。AGIは膨大なデータから個々の顧客の好みや心理状態、行動パターンを分析し、一人一人に最適化されたアプローチを提供できる可能性があります。24時間365日利用可能で、偏見や疲労がなく、豊富な心理学的知識を持つ「カウンセラー」として機能する場合もあるかもしれません。実際にWysaと呼ばれるサービスが始まっています。

第7回の記事でも取り上げましたが、創造性の分野では、もし創造性を成果物の品質や独創性で評価するとすれば、AGIは既に多くの分野で人間レベルに近い作品を生み出しています。観客や利用者にとって重要なのは作品そのものの価値であり、制作者の内的体験(クオリアや意識)ではない場合も多いというのが現実です。

社会制度への影響

ベーシックインカムの議論

AGIによって大規模な失業が発生する可能性があるため、ベーシックインカム制度の導入が現実的な政策選択肢として議論されるようになっています。これは単なる理想論ではなく、社会の安定を保つための必要な政策として検討されている状況です。

経済システムの変革可能性

AGIがもたらす経済的影響については、相反する2つのシナリオが議論されています。

一つは格差拡大シナリオです。AGIを所有・活用できる企業や個人とそうでない者の間で、経済格差が拡大する可能性があります。技術へのアクセスが新たな階級社会を生み出すリスクが指摘されています。すでに、neo feudalism(ネオ封建制)が起きつつあり、富豪たちが大きな権力を持ちつつあります。この傾向が進めば、将来的に一般市民は現代の農奴のような立場に追い込まれる可能性があります。テック企業への就職が唯一の「勝ち組」への道となり、人々は企業の価値観に自分を合わせることを強いられるかもしれません。ソーシャルメディアでは、影響力のある起業家への賛同が忠誠の証として求められ、批判的な発言は自粛される風潮が生まれる恐れがあります。最終的には、人々が自らの意見よりも権力者の機嫌を取ることを優先し、真の民主的な議論が失われるリスクが懸念されています(恐ろしいことです)。

もう一つは貨幣制度変革シナリオです。AGIが物質的な豊かさを極限まで押し上げることで、お金自体が意味をなさなくなる可能性も議論されています。AGIがすべての労働を代替し、24時間365日生産を続けることで、生産コストがほぼゼロまで下がる可能性があります。欲しいモノが水道水のように「蛇口をひねれば出てくる」感覚で手に入るようになれば、わざわざお金を払って購入する必要がなくなります。ほとんどのモノやサービスが無料同然で提供できるようになれば、希少性に基づく現在の貨幣制度そのものが機能しなくなり、根本的に異なる経済システムへの移行が必要になるかもしれません。

AGI安全性と地政学的な課題

AI安全性研究の現状

AGIの発展と並行して、AI安全性研究も重要な課題となっていますが、状況は楽観視できません。OpenAIは2023年7月にスーパーアライメントチームを設立しましたが、24年5月に解散しています。ジェフリー・ヒントン氏が警告するように、「人類は知能の進化における一過性の段階かもしれない」という深刻なリスクも指摘されています。

地政学的な影響

一部のAI技術を支配する少数の企業や個人によって、社会が操作される可能性への懸念も生まれています。AIが神的存在となり、一部の権力者が教祖的な役割を果たす構造への懸念です。

最初のASI(汎用超知能)技術を制御する者は、サイバー攻撃、政治的影響力、軍事力の強化を通じて十分な力を得て、他のプレイヤーを排除する可能性があります。これは国家の主権に対する大きな脅威となる可能性があります。

若者が身に付けるべきスキル

英語の重要性

NVIDIAのCEOジェンスン・ファンによる自然言語がこれからのプログラミング言語になるという見方は注目に値します。自然言語の中でも英語はトレーニングデータ量ならびにアメリカで開発されていることから特に重要です。より細かく的確な表現をするため、語彙数や表現力を磨くことは重要です。日本人は英検やTOEICで英語力を測定することが多いかもしれませんが、アメリカの企業で働かれている方はそれでは全く不十分だと体感されていることと思います。日本の経済力が衰退しているのも、根本に英語力が関係していると筆者は考えています。AIが発展するに伴い、英語力を付けることに意味がないという方もおられますが、あなたの頭にある考えを正確に表現にすることはあなたにしかできないのです。

理論と批判的思考の重要性

理論的思考と批判的思考は、AIの情報をベースに意思決定する際の重要な能力となりそうです。最新の研究では気になる問題が明らかになっています:

  • AIをよく使う人ほど、情報を精査せずに受け入れる傾向がある
  • 若年層(17~25歳)ほど、高齢層と比較してAIへの依存度が高く、批判的思考能力が低下している
  • AIツールの使用頻度と批判的思考スキルに強い負の相関が確認されている

AIからの答えを鵜呑みにせずに、疑ってみることを習慣付けることが重要です。

脳科学からの重要な発見

考えることの重要性について、MITの研究が興味深い発見をしています。2025年6月発表の論文「Your Brain on ChatGPT」は、AI使用による「認知的負債の蓄積」を脳波レベルで実証しました。

54人の参加者を「LLM使用」「検索エンジン使用」「ツール不使用」の3グループに分け、4カ月間追跡調査した結果、LLM使用者は脳の神経ネットワークが最も弱くなり、外部ツール使用に比例して認知活動が低下していることが分かりました。

最も注目すべきは、LLMユーザーが4カ月間一貫して神経学的・言語学的・行動学的レベルでパフォーマンスが劣化し続けたことです。自分の書いた文章を正確に引用できなくなり、作品への所有感も最低レベルに低下していました。

考え続けることの大切さ

この研究結果から、考えることを放棄してはいけないということが分かります。考えることの放棄は個人だけでなく社会全体の問題となる可能性があります。教育の空洞化、産業の空洞化、技術継承の断絶により、人類がAIに重要な機能を奪われる危険性が指摘されています。

大切なのは、AIと協働しながらも、常に自分の頭で考え続ける姿勢を保つことです:

  • AIを「回答マシン」ではなく「思考パートナー」として使用する

AIの提案に対して必ず「なぜそうなのか」を問う習慣をつける(人気テレビ番組のチコちゃんのように「なぜ」と問う姿勢は重要です。)

  • 異なる角度からの検証を行う批判的思考を実践する
  • AIに頼らない独自のアイデア創出時間を設ける

考えることを放棄してしまうと、人間としての尊厳と可能性を失う恐れがあります。テクノロジーに支配されるのではなく、テクノロジーを使いこなす主体であり続けることが、AI時代を生き抜く重要な条件と言えるでしょう。

おわりに

2025年は、AIが社会インフラとして定着する転換点となりました。知識労働から物理労働まで、あらゆる分野でAIによる変化が急速に進んでいます。しかし、これはまだ始まりに過ぎないかもしれません。

現在のAI革命は、実は氷山の一角である可能性があります。AIの進化はまだ多くの可能性を秘めています。筆者も研究している量子コンピューティングとの融合によって、現在では想像もつかない新たな変革が待ち受けているかもしれません。AGIが人知では考えられない量子コンピューティングのアルゴリズムを編み出して、これまで不可能だと思われた難問を解決する可能性もあると考えています。

この連載を通じて、LLMの基礎技術から科学分野への応用、AI意識の哲学的考察、AGIの可能性、Physical AIの実用化、そして国益や地政学的影響まで、AI革命の多くの側面について考察してきました。今後も、AIのさらなる進化の可能性と、それと並行して進む量子コンピューティング革命が、私たちの世界をどのように変えるのかについて、引き続き注目していく必要があるでしょう。

技術の進歩は止まることがありません。問題は、私たちがその変化にどう向き合い、どう適応するかということです。次なる波に備えるため、さらに深い洞察と戦略的思考が求められています。

ダーウィン曰く、「最も強い種が生き残るのではなく、最も賢い種が生き残るのでもなく、唯一生き残るのは変化できる種である」。


以上で、AIの連載は切りのいい今回でいったん終了したいと考えています。10回にわたってお読みいただいた読者の皆様に、心から感謝申し上げます。また、しばらくお休みしてから、AIのアップデートや量子コンピュータについて執筆したいと考えています。近いうちにまた、お会いしましょう!

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