世界をさらにめちゃくちゃにするトランプ交渉術
トランプは、自分の出身の不動産業界でのビジネス慣行を、そのまま大統領府に持ち込んで、世界各国と交渉を行なってきた。世界全体のことなど考えず、自分の再選のために、周囲を巻き込んできた。
交渉相手に飲めない要求を突きつけ、譲歩を引き出す。要するに、「駆け引き」(transaction)交渉だ。しかし、世界は複雑で、多国間の合意がなければ動かない。「アメリカ単独主義」だけでは、世界に混乱をもたらすだけだ。
しかも、トランプには歴史観がない。それで、懸念されるのが、対中政策である。中国の覇権挑戦を退けるのが、アメリカと世界にとっての最大の課題なのに、トランプは習近平との駆け引きに終始している。
弾劾訴追で足元に火が迫っていることの裏返しで、中国との合意を急いでしまいかねない。支持基盤である、中西部の農業への貢献を第一優先にすると、本来の目的である中国経済の構造改革や、知的財産の保護、排他的な技術競争の撤廃、中国市場のグローバル企業への開放などは脇に置かれる可能性がある。
これは、日本にとっても重大な問題だ。
さらに、弾劾訴追が進むことで、北朝鮮問題が予測不可能になってきた。すでに、トランプは態度を変え、中距離ミサイルは「アメリカに届かないから問題なし」としてしまった。
そのため、年内には再度、金正恩と首脳会談を行うとしていたが、これが流れる可能性が高まっている。北朝鮮は、トランプの足元を見て、来年から無制限のミサイル実験を行なって核兵器の開発を再開すると、ワシントンを脅している。
もっとも、ショーを好むトランプだから、メディア向けに電撃的なピョンヤン訪問など、ドラマチックな演出することもあり得なくない。しかし、こうなると、日本は振り回されるだけである。
トランプが引き起こしたバブルが崩壊か?
いま、世界が注目しているのは、アメリカ経済がどうなるかである。いまもなお、アメリカ経済を軸にして、世界経済は回っている。
ところが、そんなことはおかまいなしに、トランプは大統領再選のために、FRBに文句をつけ、実体経済が好調であるにもかかわらず、無理矢理、金融緩和に戻してしまった。FRBは仕方なく利下げを決め、来年も利下げを続けることになった。
これは、中国との貿易戦争によって冷え込んでいく市場に、カネを供給することを意味する。アメリカは、株価が経済のバロメータであり、株価が下がれば年金資産を株で運用している国民の懐が痛む。だから、トランプはなんとしても株価を維持したいのだ。NYダウが暴落すれば、再選は危うくなる。
しかもトランプは、企業と国民受けを狙って、法人税や所得税を引き下げ、その一方で、国防費を大幅に増やして、財政赤字を拡大してきた。
そのため、アメリカ国債(トレジャリーボンド)の発行は急増し、赤字は2兆ドルに達してしまった。となると、金利は上がることになるが、そうなってはまずいので、FRBは国債買い入れを増やす。つまり量的緩和を再開して続けざるを得ないところに、追い込まれたのだ。
利下げと金融緩和がこのまま続けば、その先にあるのはバブル崩壊である。いま、ウオール街と世界の投資家が恐れているのは、リーマンショック並みの金融恐慌が訪れるかもしれないということだ。
弾劾されてもされなくともアメリカは大混乱
トランプ弾劾の動きは、このままだと長引き、どちらに転んでも、来年になると、大統領選が始まる。この大統領選は、これまでの大統領選に比べると、大混乱は必至だろう。
これは、アメリカという世界のリーダー国家の大混乱だから、世界経済はますます不安定になり、たとえば、世界各地で紛争が過激化する恐れがある。大型テロが起こる可能性もある。
もし、トランプが弾劾され、あるいは辞任、あるいは大統領再選がなくなり、新大統領が誕生しても、しばらくはアメリカの混乱は治らない。中国、ロシア、イラン、北朝鮮などは、この混乱を利用して、国力の強化を狙ってくる。また、世界中で、ポピュリズムの嵐が吹き荒れることになる。
アメリカが世界のリーディング国家として、国家間の利害を調整し、人類社会の繁栄を追求していかないかぎり、この世界は、トランプがめちゃくにしたままになってしまう。はたして、次期アメリカ大統領が誰になるか?
これは、アメリカのみならず、世界と日本にとっての大問題である。
(了)
【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。近著に、「円安亡国」(2015)「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。
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