Vol.27 ピアニスト 辻井 伸行さん

 奏でる音ひとつひとつに、魂が込められている―。心揺さぶるその音色に、どれだけの人々が涙を流したのだろう。全盲という障害を乗り越え、世界を股にかけ活躍するピアニストの辻井伸行さんがこの冬、再びニューヨークのカーネギーホールでコンサートを開催する。オルフェウス室内管弦楽団との共演や今回の見どころ、今後の音楽活動などについて話を伺った。(12月中旬、インタビュアー 当銘 千絵)

100年後、200年後のピアニストが弾いてくれるような名曲残したい

ー今回は、音楽の殿堂として知られるカーネギーホールでの2度目のコンサートとなります。今のお気持ちはいかがでしょう?
 普段は演奏前に緊張したりしないのですが、前回演奏した時は珍しく緊張しました。早く弾きたくて、開演時間まで待つのが大変でした。弾き始めたら集中して楽しむことができましたし、最後は達成感もあって感動しました。今回は2度目ですし、オーケストラのみなさんと一緒なので、この素晴らしい舞台を楽しむことができると思います。

ーオルフェウス室内管弦楽団との共演は、どのような流れで実現したのでしょう?
 実は詳しい経緯は知らないのですが、オルフェウスの方々が興味を持って下さっていて、前回のカーネギーホールでのリサイタルを聴きに来て下さり、その後で決定しました。大変名誉なことに感じています。

ー歴史もあり、指揮者を置かないとてもユニークなスタイルを持つオルフェウス室内管弦楽団ですが、彼らの演奏についての印象をお聞かせください。
 まだ演奏したことはありませんが、2013年3月のアメリカツアーの後、ニューヨークで何人かの方とお話しする機会を頂きました。みなさんとても優しくてフレンドリーですので、ますます共演が楽しみです。一般的なオーケストラよりも多くの時間をリハーサルに割いて、みんなで意見を言い合ったりするそうです。「僕は言葉よりも音楽で表現する方が得意です」と言ったところ、「それが一番だ!」と答えてくれました。

ーソロ公演とオーケストラとの共演では心持ちがやはり違う?
 コンサートの時はあまり緊張はしません。

ー今公演の見どころを教えてください。
 アメリカを代表するオーケストラとの共演なので、恥ずかしくないように頑張ります。演奏する「皇帝」は、ベートーヴェンのピアノ協奏曲の中でもスケールが大きく迫力もあるので、みなさんに楽しんで頂けると思います。

ー辻井さんはこれまで、世界各国で公演を行ってきました。国によって観客の反応に違いはありますか?
 アメリカのお客さまはとても温かくて、拍手も歓声も盛大ですね。ご自分の気持ちをそのまま伝えて下さるので、楽しいです。

ー11年には、作曲家としての活動も行われています。他の作曲家が作った既存の曲を演奏する「ピアニスト辻井伸行」の時とはまったく違うものだと思うのですが、どのような経緯で作曲を始められたのでしょう?
 子どもの頃から即興をしたり、作曲をしたりしていたようです。家にお客さまが来た時など、その人の印象を曲にしたら喜ばれました。また旅行先の想い出を曲にしたものもあります。本格的に作曲を勉強して、ショパンやリストのように、100年後、200年後のピアニストが弾いてくれるような名曲を残すことが将来の夢です。

ードラマや映画音楽も手掛けられ、11年のドラマ「それでも、生きてゆく」ではEXILEのATSUSHIさんと共演、クラシック音楽の枠を超えた活動をなさっています。辻井さんにとって新しいことにチャレンジする際の原動力とは何でしょう?
 音楽が好きですし、素晴らしい音楽家の方とご一緒できるのは楽しくて刺激になります。

ー辻井さんにとってズバリ、ピアノとはどのような存在でしょう?
 子どもの頃からずっと身近にあるので、自分の体の一部のように感じます。ピアノのある生活が当たり前だったのですが、11年の震災の後、「ピアノを流されてしまって寂しい」というお手紙を頂いたことがあり、ピアノを失った方の悲しみ、ピアノを弾けることの喜びを、あらためて噛み締めました。

ー音楽家の方には、とても創造力や感受性が豊かな方が多いと感じます。辻井さんはピアニストとして、ご自身についてどのようなタイプだと分析なさいますか?
 他の人と比べてということは考えたことがありませんが、スケールの大きな、迫力のある音楽も好きですし、繊細できれいな音楽も好きです。まだまだプロとしては駆け出しなので、もっともっと勉強して、息の長い活動を続けられるようになりたいです。

ーニューヨークにまつわる印象深い思い出はありますか?
 初めてニューヨークに来たのは12歳の時の12月でした。母と一緒に五番街を散歩し、ロックフェラーセンターにスケートリンクと有名なクリスマスツリーを見に行ったのですが、クリスマスツリーは高いところにあって手で触れることができませんでした。それで近くにあった天使像の翼に触らせてもらいました。その時の印象を後に「ロックフェラーの天使の羽」という曲にしました。

ー最後に、ニューヨーク公演を楽しみにしている現地のファンのみなさんへ一言、メッセージをお願いします。
 大好きなアメリカで、素晴らしいオーケストラのみなさんと一緒にベートーヴェンの「皇帝」を演奏できることを楽しみにしています。ぜひ、聴きに来て下さい。

ー楽しみにしています! ありがとうございました。

コンサート情報
1月25日(土)午後7時〜
カーネギーホール スターン・オーディトリウム
辻井伸行&オルフェウス室内管弦楽団コンサート in カーネギーホール
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」
チケット:29ドル〜
☎212-247-7800
www.orpheusnyc.org

© Yasuko Shiratsuchi/ Avex Classics International

辻井伸行プロフィール
1988年、東京生まれ。幼少の頃よりピアノの才能に恵まれ、7歳で「全日本盲学生音楽コンクール」器楽部門ピアノの部で第1位受賞。10歳でオーケストラと共演し、デビューを飾る。2000年には、ソロリサイタル・デビュー。05年には、ワルシャワで行われた「第15回 ショパン国際ピアノコンクール」に最年少で出場し、「批評家賞」を受賞。09年、テキサス州で行われた「第13回 ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール」で日本人初の優勝を果たして以来、日本を代表するピアニストの1人として世界を舞台に活躍している。