第3回 ジャズ・トランペッター 黒田卓也

「今の心境? 初めてNYに来た頃に似ている」

 私学の名門 甲南中学1年の時、ホッケー部やバスケット部をのぞくも心は動かなかった。そんな時、5つ年上の「兄貴」の友人に声をかけられ足を踏み入れたビッグバンドの部室──それが、すべての始まりだった。人生というのは、そんなふうに何気なく転がり始めるものなのかもしれない。16歳で地元のジャズクラブで演奏するようになり、大学2年の夏にはバークリー音楽大学で生まれて初めてジャズを理論で学び、ニューヨークのジャズクラブをセッションして歩いた。「世界には、すごい人たちがいる」と震えたと黒田氏は語る。

 留学したニューヨークのニュースクール大学は「僕みたいなヤツらが世界中から飛んで来る。決心してココに来たヤツらは、ムダに終わるわけにはいかないと思っている」というシビアな場所。目に見えるものばかりを追いかけていた頃に出会ったローリー・フリンク氏という50代のおばさん先生は、黒田氏に「どんな音楽をやりたいかがわからなければ、教えることはできない」と言い放ったという。それぞれのゴールにたどり着くためにスキルがあるのならば、スキルもゴールの数だけあるはず──ただ、うまければいいわけじゃない。そう気づいた瞬間だった。「あせるな、落ち着け」自分にそう言い聞かせながら自分の転がりたい道を本気で探し始めた。

 「リアル・ワールドに入った」そう思った大学卒業後、ジャズ・シンガーのホセ・ジェイムズ氏と出会い、バンドメンバーとしてワールドツアーに同行するようになる。「お前は世界に出て行くべきヤツだ」と黒田氏を認め、プロデュースを申し出てくれるようになる。そして、ブルーノート・レーベルからのメジャーデビュー。すごい快挙であるにもかかわらず、「契約より、音楽で身を立てて行くことを反対していたおかんが喜んでくれたのが一番嬉しかった」とポツリとつぶやく。

 ニューヨークで暮らし始めて11年──「今の心境? 初めてニューヨークに来た時に似ている。さぁ、ココから何かが始まる…という感じ」だと笑った。

■プロフィール
兵庫県出身。12歳からトランペットを始め、中学・高校・大学を通してビッグバンドに所属。16歳から神戸や大阪のジャズクラブのステージに立つ。2003年渡米、ニューヨークのニュースクール大学ジャズ科へ。14年2月18日、75周年を迎える名門ブルーノート・レーベルより「Rising Son」でメジャーデビュー。さらなるステージへと、活躍の場は広がる。ブルックリン在住。