人の力で曲げる
スタインウェイの広大なピアノ工場を巨漢のマーケティング部長アンソニー・ギルロイさんの案内で見て回った。
1870年から休むことなく147年間も操業している。「この工場でないとスタインウェイの音は生まれないのです。まずはこれを見てください」。案内されたバックヤードには大量の材木が山と積まれていた。アラスカをはじめ全米各地から届いたスプルース(トウヒ)、サトウ松、カエデたち…2年間、雨風にさらして自然乾燥させた後に、屋内倉庫でさらに湿度調整したものを製材する。1階倉庫には、パーツごとに整理された部材が出動を待っている。
アコースティックピアノは木製楽器だ。樹木が内に秘める天然の響きを人間の力でどのくらい引き出せるか。そんなチャレンジがピアノ製造工程の随所にある。

スタインウェイの美しい曲線は、人の力で作られる
例えばリム(側板)づくり。グランドピアノ特有の優雅な曲線は、ハードロックメイプルという硬質なカエデの薄板(全長7メートル)を18枚貼り合わせて生み出される。圧巻は糊付けされた長い合板を5人の職人たちがピアノ型の特殊なプレス機に押し込む工程。糊が乾かぬうちに一気に型に入れる。1人でもしくじったら、2年かけて「熟成」した部材が台無しになる。緊張の一瞬。「エイッ」という親方の掛け声と共に、ある者は合板を力いっぱい押し、ある者は万力を素早く閉める。「工員は300人いますが、工程ごとに専門化されていて、みんな自分の作業にとことん習熟しています。リムを作る職人は、アクションや塗装のことは何も知らない。それでいいのです」とギルロイさん。
曲げられたリムは湿度調節された部屋で寝かせて、曲げ作業のショックを和らげる。その期間は、ピアノの種類や性質によって10〜16週間とまちまち。この時点で1台ごとに仮の製造番号が与えられる。新生児を育てているような気の遣いようだ。
「スタインウェイのピアノは創業以来、通し番号が振られていて、一台ごとのデータが全て残っているのです」。この会社の歴史は出荷したピアノに刻まれている。

弦を張るためのピンを埋め込むブリッジ部分の製造。熟練の技が必要な目測作業
ピアノの心臓
スタインウェイのピアノの心臓部は響板。柔軟性のあるスプルース材を同社が特許を持つ特殊な方法で貼り合わせて作る。もちろん全部手作業。160年前から変わっていない。ギルロイさんが興奮気味に語る。「響板は、外からは全く見えないパーツですが、オーディオ機器で言えば『スピーカー』。ダンパーが弦を弾いて作るサウンドをいかに美しく響かせるかは、この板次第で決まるのです」。
響板を設置したら、鋳物製のフレームを入れる。その後の、弦を張るピンを埋め込むブリッジづくりも、弦を張るのもすべて手作業。しかも経験による目視で行う。アクションと呼ばれ打弦の機械部分を搭載した後も、フェルト製のダンパーを針でつついて軟度を調整したり鍵盤の圧を分銅で1つ1つ測ったり、職人の手業の全てに見入ってしまう。ちなみに1台のピアノが完成するまでに11カ月かかるとのこと。興味のある読者は毎週火曜日に行われている一般向け工場見学(無料)に参加するといい。160年不変の至高サウンドの裏にある「人間と自然の格闘」がよく分かる。(6月30日号に続く)

アクション専門の職人さんはこの道一筋20年。「最高の仕事だね。手作りが大好きなんだ」
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スタインウェイ&サンズ社
1853年ニューヨーク市で創業。創業者ハインリッヒ・シュタインヴべーグ(英語名ヘンリー・スタインウェイ)とそのサンズ(息子たち)による堅実な家族経営と徹底したドイツ流の手作り職人技で米国を代表するピアノ製造会社に成長。リスト、ラフマニノフ、チャイコフスキー、ホロビッツら世界の巨匠ピアニストから名器と称賛され、現在もラン・ランや内田光子からビリー・ジョエル、ダイアナ・クラールまでプロ演奏家の20人に19人はスタインウェイを愛用する。
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取材・文/中村英雄 映像ディレクター。ニューヨーク在住26年。人物、歴史、科学、スポーツ、音楽、医療など多彩な分野のドキュメンタリー番組を手掛ける。主な制作番組に「すばらしい世界旅行」(NTV)、「住めば地球」(朝日放送)、「ニューヨーカーズ」(NHK)、「報道ステーション」(テレビ朝日)、「プラス10」(BSジャパン)などがある。
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