連載65 山田順の「週刊:未来地図」史上初の「米朝首脳会談」は成功するのか?(上)

 3月8日夜(米国東部時間)、電撃的に発表された「米朝首脳会談」は、いまだに世界に衝撃を与えている。あれほどまでに、個人攻撃を繰り返してきた2人が、本当に面と向かって会うだけで、朝鮮半島、いや、世界に平和がもたらされるのだろうか?(編集部注:本記事の初出は13日)
 あらゆる面から疑問だらけ、半信半疑のまま、今日までさまざまな見方、情報が入り乱れている。現在、言えることは、これはギャンブルであり、失敗すればどうなるかわからない(おそらく戦争になる)ということだ。

“天才”だから即断即決で「イエス」と

 これほどまでに予想できない首脳同士によるトップ会談は、歴史上なかったと言えるのではないだろうか。普通なら、水面下で事務方による予備交渉が行われ、それがまとまってトップ会談となる。したがって、両首脳が会った時点で、合意事項はだいたいが決まっている。ところが、今回の「米朝首脳会談」は、こうした準備がまったくなされていないようだ。米朝は水面下で接触していたと言われるが、そこでなんの進展もなかったのは明白だ。
 3月9日のウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙の記事「Trump on Kim Talks: ‘Tell Him Yes’」(トランプ・キム会談:イエスと伝えてくれ)によると、韓国政府高官3人は、本当に驚いたという。

 《木曜の夜、ホワイトハウスの大統領執務室で、3人の韓国政府高官が北朝鮮のリーダー金正恩からの会談の申し出を伝え、その分析と外交的対応を協議していると、トランプ大統領が突然それを遮って、こう言った。
 「OK、OK、彼らにオレはやるよと伝えてくれ」
 その場にいたホワイトハウスの事務官によると、ミスター・トランプが話を続けるなか、韓国政府高官は信じられないとお互いに顔を見合わせたという。ミスター・キムが誠実で、条件を理解しているのなら、ミスター・トランプは北朝鮮のリーダーと会談する最初の現職米大統領となる。「彼にイエスと伝えてくれ」と、大統領は言ったのだ。》
 (Inside the Oval Office late Thursday, President Donald Trump interrupted a trio of South Korean officials as they analyzed an offer to meet from North Korean leader Kim Jong Un and outlined possible diplomatic options.
 “OK, OK,” Mr. Trump said, cutting short the discussion. “Tell them I’ll do it.”
 The South Korean officials looked at each other as if in disbelief, according to a White House official with knowledge of the meeting, as Mr. Trump continued. He would become the first sitting U.S. president to meet a North Korean leader, if Mr. Kim was sincere and understood the terms. “Tell him yes,” the president said.)

 この記事をどこからどう読んでも、トランプはなにも考えず、ほぼ直感で首脳会談を了承したことがわかる。なにしろ、トランプは、自分を「情緒の安定した天才だ」(a very stable genius)と語っている。だから、“天才”らしく、すべては即断即決なのだ。そして、リトルロケットマン(金正恩)を「病気の子犬」(sick puppy)と思っているので、簡単にやり込められる。会えば、オレのシンパになると考えたようだ。しかし、ことはそんなに簡単だろうか?

米朝首脳会談を報道しない北のメディア

 現在、3月12日の夜だが、この時点まで、北朝鮮メディアは、米朝首脳会談が決まったことをまったく報道していない。金正恩委員長がトランプ大統領に首脳会談を提案したということすらも伝えていない。もちろん、南北首脳会談が決まったということも伝えていない。
 これまで北の報道で確認されたのは、さる3月5日に韓国の特使団が訪朝し、“偉大なる”金正恩さまが歓迎したということだけである。
 この点に関して、12日昼に会見した韓国統一部の白泰鉉(ペク・テヒョン)報道官は、「北なりに立場を整理する時間を必要とするなど、慎重なアプローチをしていると思う」「南北間で日程など実務的な協議が必要となる。そうした部分で(いま)立場を整理しているのではないだろうか」と述べた。本当だろうか?
 白報道官によると、南北首脳会談について、具体的な実務協議はまだ始まっていないという。ただし、「(韓国)政府内で首脳会談の準備委員会を構成する作業が進んでいると承知している」とし、間もなく実務協議が行われる見通しだとした。
 米朝首脳会談が電撃的に発表されてから4日たった。しかし、現時点でわかっていることは、このように、まだなにも行われていないということだけだ。

なぜ、北朝鮮は条件をすべてのんだのか?

 こんな状況で、本当に米朝首脳会談が5月末までに行われ、米朝は合意に達するのだろうか? それにしても解せないのは、なぜ北朝鮮が、会談に向けての最大のハードル「朝鮮半島の非核化」を了承したのかということだ。この言葉の解釈はいろいろあるが、普通にとれば、これまで散々苦労して開発してきた核を放棄してもいいということだ。各種情報を整理すると、ホワイトハウスは、韓国を通じて北朝鮮に条件を出していたという。その条件とは、次の3つだ。

(1)核実験とミサイル発射を停止
(2)米韓合同軍事演習の実施に関しては文句を付けるな
(3)核を放棄するという意思を示せ

 この3条件は、平昌冬季五輪開会式に合わせて訪韓した、ロケットマンの妹、金与正(ヨジョン)氏に、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領から伝えられたとされている。そして、驚くべきことに、この3条件ともロケットマンがのんで、「トランプ大統領と話し合いたい」と言ったのだという。本当にロケットマンは3条件をのんだのだろうか? 北朝鮮はこれまで、アメリカに向かって、次の3点を要求してきた。

(1)米韓合同軍事演習の中止と在韓米軍の撤退
(2)北朝鮮敵視政策の放棄および体制維持の保証
(3)核保有国としての認定

 この3点は、どう見ても譲れない点だと思われていた。しかし、今回はこれらをすべて“棚上げ”したばかりか、核を放棄するとまで言ってきたのだ。ということは、誰がどう見ても、北朝鮮がアメリカの圧力に屈した、敗北したということになるが、どうだろうか。
(つづく)

 
 
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【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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