連載⑤ 河原その子の偏愛的劇場論

舞台の一場面。(左から)川久幸、篠原憲作、本田真穂(photo:  Julieta Cervantes)

舞台の一場面。(左から)川久幸、篠原憲作、本田真穂(photo: Julieta Cervantes)

「Time’s Journey Through A Room(部屋に流れる時間の旅)」


作:岡田利規 訳:アヤ・オガワ 演出:ダン・ローセンバーグ
上演時間60分、休憩なし。 上演期間5月10日〜6月10日
ART/NT Theater 502 E. 53rd St. 
866-811-4111 
www.playco.org

 2011年のあの日、東日本大震災とか、福島原発事故とかの「呼び名」さえなかったあの日、日本で一体何が起きたのか、何が起ころうとしているのかそれだけを知りたくて、私たち日本人は、遠く離れたニューヨークで、いたたまれない気持ちでニュース画面を見つめていた。それぞれ気持ちは違っても、私たちは皆同じ方向を見ていた。とても自然に、誰に強制されたわけでもなく。
 少ししてから、誰もが感じたのではないだろうか、何かが大きく変わると。それは良い方向にかもしれない、と。あれだけ日本人の心がひとつになったのだから。
 本作の登場人物の1人、帆香(ほのか、川久幸)は、そんな震災直後に感じた思いを希望に満ちた表情で夫、一樹(篠原憲作)に語る。時はあの震災から1年後。しかし妻は震災の4日後に病気で亡くなっていたのだ。混乱の中、人々の絆を感じて、何かが良い方向に変わるはずだという思いを胸に刻んだまま。亡くなった妻は部屋に1人でいる夫に語り続ける。「ねえ、覚えている?」と。そして今、その部屋には夫の新しい恋人になるであろう女性、ありさ(本田真穂)が訪れようとしている。
 10日から始まった「Time’s Journey
Through A Room」は、日本人があの時一度は共有した思いから、時間がどのように流れてきたのか、過去、今、そして前に進むことの意味を模索する注目作。日本の劇作家、岡田利規が大惨事の後の3人の日本人を描いた戯曲「部屋に流れる時間の旅」を英語に翻訳し、米国人演出家の視点で汲み取っている。
 日本で劇団チェルフィッシュを主宰する岡田はその革新的な舞台で知られている。世界中の劇場を巡回し、各国語に翻訳され上演される、日本の現代演劇を代表する劇作家・演出家だ。ニューヨーク市では2010年からオフブロードウェー劇団プレイカンパニーのプロデュースにより、劇作家・演出家のアヤ・オガワの翻訳、ダン・ローセンバーグ演出で上演され、今回の「Time’s Journey Through A Room」はその3人がタッグを組む3作目。米演劇界で日本人現代劇作家の作品が英訳され、オフブロードウェー劇団のレパートリー作品として5週間の公演を、8年の間に3作も上演されるのは非常にまれなことだ。岡田の何がこの国の演劇人をつき動かしているのだろうか?
 
 過去2作品と今回の作品の相違点は、岡田が震災の影響で変わったという自らの思いを直接作品に投影した作品であることだ。演出のローセンバーグは、既に世界で評価を得ている、岡田演出によるオリジナル版「部屋に流れる時間の旅」は一切観ておらず、舞台化の途中で、岡田と打ち合わせもしなかったという。米国の演劇作品としての英語上演だが、全てニューヨーク在住の日本人俳優を起用したのも、ローゼンバークが独断で決めたそうだ。私はその理由をあえて聞かなかった。日本の震災の記憶を日本人として受け止めた俳優が、ローゼンバーグの演出に必要だったのであれば、説明を聞くよりは、舞台を観ることで答えを知れば良いと思ったからだ。舞台に立つ俳優たちの物語への関わりがリアルであればあるほど、物語のもつ普遍性が際立つとも感じた。
 これまで岡田作品の英訳を手掛けているオガワは、日米の現代演劇に精通し、劇作家としても活躍している。英語戯曲の日本語訳上演は常に行われているが、その逆は極めて少なく、劇作家として翻訳に関わる人材は希少だ。日本の演劇人が彼女に寄せる信頼と期待は大きく、岡田とプレイカンパニーの共作シリーズが続く上で彼女の存在は大きい。
 日本で生まれた、「あの日」の演劇が、米国人の手により、米国の観客に何を訴えかけるのか? 日本人として「あの日」の思いを共有し、そして忘れかけているかもしれない私たちに何を感じさせるのか。ぜひ劇場に足を運び、あなた自身で確認してほしい。

 
 

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ワンポイントアドバイス!
先入観などは捨て去って、真っ白な気持ちで観てください。
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河原その子(舞台演出家、ニューヨーク在住)
New York Theater Workshop, The Drama League、Mabou Maines などのフェロー&レジデント。フォーダム大学招待アーティスト。リンカーンセンター・ディレクターズラボ、日本演出者協会会員。コロンビア大学M.F.A.(演出)。www.crossingjamaicaavenue.org