摩天楼クリニック「ただいま診察中」(連載46)たばこ、やめましょう【3回シリーズ、その3】Eシガレットの健康被害

Eシガレットの健康被害

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小川史洋
外科専門医・呼吸器外科専門医(日本の免許)、医学博士。北里大学医学部卒業後、同大学病院呼吸器外科、がん研有明病院呼吸器外科などで約10年間臨床経験を積み、同大学大学院医療系研究科で医学博士号を取得。2018年3月までニューヨーク市のWeill Cornell Medical College, Dept. of Genetic Medicineで博士研究員として呼吸器疾患の基礎研究に従事。同年4月から横浜市立大学付属市民総合医療センター高度救命救急センター助教。

Q 米国では、未成年の間で風味付きのEシガレットの人気が高まっています。使用した高校生などが強い中毒症状に陥る例も報告されており、今月6日、ニューヨーク州のチャック・シューマー上院議員がEシガレットの規制強化を米食品医薬品局(FDA)に求めました(本紙8日号で既報)。Eシガレットの毒とは、一言で言うと何ですか?
A ズバリお答えしたいところですが、Eシガレットが健康に及ぼす害についての論文はまだ報告されていないんです。タールを含んでいないことなどから、紙巻たばこよりも有害物質は少ないのですが、一般的なEシガレットは、たばことほぼ同量のニコチンと毒性の強い有機化合物の一種、ホルムアルデヒドを多く含むといわれています。ニコチンを含んでいますので、ニコチン依存症になる可能性もありますし、体内環境に悪影響を及ぼすとの報告もあります。

Q 具体的にはどのような悪影響でしょうか?
A 米国立衛生研究所(NIH)は、「Eシガレットは、ニコチン含有の有無に関わらず、明らかな症状や呼吸機能の低下などは認めないものの、肺胞マクロファージに関わるような微小な環境に影響を及ぼし、健康被害を及ぼす」と結論付けています。

Q 肺胞マクロファージとは何ですか?
A ミクロファージ(小食細胞)の対語となるマクロファージ(大食細胞)は、肺やひ臓、肝臓などの体内組織に存在し、場所によって異なる働きをしています。肺にある肺胞マクロファージは白血球の一種で、大気中の微細な粒子物質やたばこの煙、呼吸器内に侵入した微生物や細菌などの異物を捕食し消化する、いわば、肺の中の「掃除屋」みたいなものです。炎症を起こした際に活発化する免疫機能の中心的存在で、肺胞マクロファージの機能が低下すると、肺に侵入した細菌やアレルゲンの除去力が低下し、感染症にかかりやすくなります。

Q 一般の人がEシガレットを吸うようになってから日が浅いので、研究結果が出ていないのでしょうか?
A 確かにその通りです。米国立アカデミー・オブ・サイエンシス・エンジニアリング・メディシンが800件以上の論文を精査し今年1月に発表した報告書「Eシガレットが公衆衛生に与える影響」によると、①ニコチン曝露量はEシガレット吸引端末の仕様や操作方法、使用される液体によって大きく変わる ②Eシガレットを「普通に」使用した場合、ニコチン以外の有害物質への曝露は紙巻たばこより少ない ③紙巻たばこからEシガレットに完全に切り替えた場合、有害物質や発がん性物質への曝露量は減少し、複数の臓器への短期的影響は減少する ④禁煙を補助する役割があるため、紙巻たばこからの離脱には有用、とあります。
 一方で、⑤Eシガレットの多くは、ニコチンに加えて有毒物質を多く含む ⑥Eシガレットの使用歴が長い人のニコチン摂取量は紙巻たばこの摂取量に匹敵する ⑦若年層が紙巻たばこへと移行するリスクを誘発する ⑧依存性がある ⑨がん発症や妊娠と胎児、呼吸器に及ぼす長期的影響については未解明、としています。
 ちなみに日本で急速にシェアを拡大しているフィリップ・モリス社のアイコスですが、FDAは1月、米国での販売認可の要請を圧倒的多数で却下しました。動物実験などで示された安全性だけでは説得力に欠けるというのが理由です。

Q 小川先生が会員の日本呼吸器学会の見解はどうですか?
A 「非燃焼・加熱式たばこやEシガレットの使用は、健康に悪影響がもたらされる可能性がある。これらのたばこの使用者が呼出したエアロゾルは周囲に拡散し、受動吸引による健康被害が生じる可能性があるため、従来の燃焼式たばこ同様に全ての飲食店やバーを含む公共の場所や公共交通機関での使用は認められない」としています。

Q それにしても日本は禁煙後進国ですね。米国では政治家がたばこを吸っているだけで「アウト」ですが、日本では大物議員がそろって喫煙しています。
A 先進国の中で禁煙対策が最も遅れているのは日本です。日本は「たばこ天国」ですよ。ブータンでは、たばこを吸ったら刑務所行き。そのくらい厳しいんです。厚生労働省の受動喫煙防止規制案が骨抜きになったのは、飲食店からの反対が多かったからと聞きますが、愛煙家が多い自民党内の規制反対派やたばこ業界の思惑通りだったんじゃないでしょうか。病院で禁煙にできないなんて本当におかしいですよ。政治家、医療関係者共に意識改革をしないとだめです。
 本当に禁煙させたいのなら、ニューヨーク市のように、たばこ税を上げて価格を吊り上げるしかないと思いますが、これにはたばこ業界が大反対して、政治家に圧力をかけるでしょうね。東京都は2020年の東京五輪に向けて学校や病院などでの敷地内禁煙(屋外喫煙場所設置不可)などを進める方針ですが、どこまで実現できるかはなはだ疑問です。
(了)