百年都市ニューヨーク 第30回 創業1818年 ブルックスブラザーズ(中)

 ブルックスブラザーズ(以下ブルックスと略)が、なぜ200年もの長きに渡って米国服飾界のエスタブリッシュメントとして頂点に立ち続けられたのか? 成功者の人生がその幼年期に運命付けられているように、ブルックスの成長はすでに創業期にその萌芽があった。

東京のブルックス展(11月30日まで)では各時代のブルックス製造軍服も展示している。写真は1905年のセオドア・ルーズベルト大統領就任式時の先導隊、スコードロンAの制服(撮影協力:ブルックスブラザーズ・ジャパン)

金羊毛の重み

 例えば、創業者のヘンリー・サンズ・ブルックスは、センスが良く腕の立つ仕立屋であったばかりか、誠実な商売人でもあった。その証拠が、今も残されている第1号店の帳簿。現在、東京の文化学園服飾博物館で開催中の「ブルックスブラザーズ展」にも出品されているこの貴重な資料を仔細に読むと1818年オープン直後の取引は洋品の売買でなく、ヘンリーの友人ダニエル・メリットによる10ポンドの貸付だったことが分かる。律儀な記録から「信頼」こそがビジネスの基本という創業者の信念がよく伝わるのだ。
 また、ヘンリーの死後、商売を継承した4人の息子たちが1950年に「ブラザーズ」の文言を含む屋号に店名変更したときに採用したシンボルマークの意味も大きい。リボンで吊るされた子羊はゴールデンフリース(金羊毛)と呼ばれるが、その起源はギリシャ神話に登場する秘宝にまで遡る。15世紀(百年戦争の時代)に下り、ブルゴーニュ善良公フィリップ3世(1396〜1467年)は、ポルトガル王女イザベラを王妃に迎える際に「ゴールデンフリース騎士団」を結成。フィリップ3世に財をもたらした良質な羊毛のおかげで騎士団の紋章はやがて上質な衣類の代名詞としてヨーロッパ中に知れ渡った。事業拡大の節目に、欧米に広く通用する歴史的権威を借りて自社商品の品質を保証したのはブルックス先見の明であろう。

1850年以来、ブルックスのシンボルとなっているゴールデンフリース(金羊毛)。起源はギリシャと中世ヨーロッパ。品質とエスタブリッシュメントの象徴だ

創業以来続く軍服製造

 19世紀の半ばといえば米国がヨーロッパ(中でも英国)に追いつけ追い越せとばかり盛んに工業化を進めた時代である。1840年から60年にかけて鉄道の総延長は5320キロメートルから4万9000キロメートルまで伸長。1807年に発明された蒸気船は、1825年のエリー運河開通をはじめ全米に張り巡らされた河川交通網のおかげで急増。1817年にはわずか17隻だった運搬用底浅船が1855年には727隻にまで増えた。比例して鉄の需要が飛躍的に増えアンドリュー・カーネギーは1868年に当時の技術革新を駆使した最新式の溶鉱炉で製鉄業を一手に掌握した。
 そんな経済急成長を背景に着々とアパレル市場を開拓したブルックスは、一般紳士服と並んで軍服のデザインと製造も創業当時から手がけている。そもそも英米戦争(1812〜15年)の退役軍人用に創業者ヘンリーが制服製作を請け負ったのが始まりで、1846年にはヘンリーの息子たちがアメリカ・メキシコ戦争(1846〜48年)に参加する兵士の制服製作を受注。これを手始めにブルックスの軍服が数多の米国軍の戦場で着用されるようになる。南北戦争(1861〜65年)では、北軍兵士と総司令官エイブラハム・リンカーン大統領の制服を製作。前述の「ブルックスブラザーズ展」(東京)には、往時の発注書が展示されている。
 南北戦争は、工業化推進と経済的自立を求める北部州と奴隷制度を温存して大農場で海外輸出用の綿花生産を続けたい南部州の利害が国内をまっぷたつに分断した米国史上唯一の内戦だが、ニューヨークの企業、ブルックスは当然のごとく、北軍の強力なサポーターであった。4年に及ぶ長い内乱は、単なる南北対立には終わらず、同じ北軍側でも軋轢や衝突が絶えなかった。映画「ギャング・オブ・ニューヨーク」にも登場するニューヨーク徴兵暴動(1863年)もその1つ。北部州でも裕福なイングランド系白人は金を積んで徴兵回避していた一方で、後発移民のアイルランド系白人には貧しい労働者が多く、どんどん徴兵される。この不公平に憤懣が爆発して暴徒化したのが同事件だ。このとき、多くのイングランド系富豪宅や新聞社とともに軍服製造元のブルックスの1号店も襲撃され略奪の被害を受けている。逆に言えば、同時点で既にブルックスのブランドがエスタブリッシュされていたことの証ではある。そのブルックスの仕立てたコートが、1865年4月14日、世界史の劇的瞬間を目撃することになる。            
(つづく)

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Brooks Brothers
1818年創業の米国最古の衣料品メーカー。No1サックスーツ、ボタンダウンシャツ、ポロスーツなど同社が生み出したスタイルは紳士服の歴史に革新的な影響を与えてきた。歴代の大統領に愛用され、フレッド・アステアのダンス映画から最近の「華麗なるギャツビー」までハリウッド映画でも多数起用されるなど、米国服飾界のスタンダードとなっている。マジソン街本店を中心に米国内では210店舗を展開(2015年現在)。日本では1979年に海外店舗第1号店として東京に青山店をオープン、現在75拠点80店舗を展開中。
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取材・文/中村英雄 映像ディレクター。ニューヨーク在住26年。人物、歴史、科学、スポーツ、音楽、医療など多彩な分野のドキュメンタリー番組を手掛ける。主な制作番組に「すばらしい世界旅行」(NTV)、「住めば地球」(朝日放送)、「ニューヨーカーズ」(NHK)、「報道ステーション」(テレビ朝日)、「プラス10」(BSジャパン)などがある。