連載196 山田順の「週刊:未来地図」 今年はさらに生活が苦しくなるのは必至 なぜ、20年以上も日本人の給料は上がらないのか?(下)

将来の所得増加が期待できた「幸せな時代」

 バブル以前の高度成長時代は「幸せな時代」だった。
 なぜなら、ほぼ誰もが将来への期待を持てたからだ。あの時代、毎年、ボーナスも給料も上がった。だから、ローンを組んでクルマや家を買った。また、クレジットが普及し、最新の家電製品などもクレジットの月賦払いで購入できた。毎年、ボーナスも給料も増えるので、借金はすぐに返済できるという安心感があった。
 しかし、円高不況、バブル崩壊以後は、日本企業は成長力を失い、国際競争力の維持から人件費の抑制に注力するようになってしまった。
 人件費は固定費ではなく流動費になり、正社員を減らすことで、「終身雇用・年功賃金制」がじょじょに崩れていった。そうなると、会社員は将来の所得増加に期待が持てなくなるので、デフレが進み、生活は「節約第一」になってしまった。
 給料が上がらない分、物価が下がったのでなんとか生活は維持できた。しかし、そのデフレももう限界になろうとしている。はたして、国民の我慢はどこまで続くのだろうか?

高齢者の非正規雇用が若者の給料に影響を

 現在の「少子高齢化」も給料が上がらない大きな要因になっている。「終身雇用・年功賃金制度」が崩れていくなかでの少子高齢化は、若者の給料に大きく影響する。定年がなくなったため、企業は再雇用制度で以前なら定年退職していた従業員を働かせ、現役時代より安いとはいえ給料を払い続けなければならなくなった。
 こうして、高齢の非正規雇用者が増えたのである。一般に非正規雇用者が増えたので平均賃金が上がらなくなったと言われるが、どこで増えたかと言うと、じつは、高齢者の間で増えたのである。とくに、団塊の世代を含む60代の非正規雇用が、近年は大量に増えた。
 となると、そのシワ寄せが、若者たちに及ぶ。人手不足と言われるのに、賃金が上がらないのはここに原因がある。少子化による人口減少の影響を考えると、若者たちの賃金は、もっと増えていいはずである。
 ケインズは、失業が減らない理由として、人手が余っても賃金が下がらない「下方硬直性」を指摘した。しかし、いまの日本は、人手が足りなくても賃金が上がらず、生活も改善しない、賃金の「上方硬直性」の罠にはまっている。
 政府は、働き方改革で「同一労働同一賃金」を提唱し、とくに非正規雇用の待遇と賃金改善に注力してきた。さらに、生産年齢人口の減少に対処するために、「1億総活躍社会」や「女性が輝く社会」などというスローガンを掲げ、高齢者や女性の労働参加を促している。
 しかし、皮肉なことに、女性や高齢者の労働参加が続く限り、非正規雇用の賃金はなかなか上がらない。最低賃金も無理やり引き上げようとしているが、これも逆効果に出る可能性が高い。

日本がいまやるべきことはなにか?

 すでにアベノミクスの破綻が見えてきたが、政府が進める「日本再興戦略」は、高度性時代の夢を追いかけているだけである。オリンピック、大阪万博、国土強靭化計画など、たとえうまくいっても大きな成長は望めないだろう。
 もし、ここで日本が高度成長時代を取り戻すとしたら、それは、他国の富を奪うことにつながり、いまの中国と同じことになる。また、ふたたび覇権国によって、経済戦争を仕掛けられるだろう。
 日本がいますべきことは、日本国内にある富の再分配をもっと効率よくやることだ。そうして、高度成長を目指さすのでなく、ほどほどの成長を維持していくことだ。規制緩和をして、人の動きとビジネスを活性化させれば、あとは民間がやってくれる。政府が、ああでもないこうでもないと経済に首をつっこみ、民間を主導していくことを即刻やめるべきだ。
 そのためには、政府をできるだけ小さく(公務員を減らし、独法などみな潰す)しなければならない。なぜ、私たちは増税までして肥大化した「大きな政府」を維持しなければならないのか?
 政府が小さくなれば、人々の「希望」は回復し、それによって、欲望は解放され、経済は回っていく。人間には飽くなき欲望があるから、成長は低成長でも続いていく。
 たしかに、今後、景気はよくはならいだろう。しかし、そういうなかでも、国民がちゃんと生活できていく国づくりは可能だ。企業に向かって「内部留保を吐き出せ」「給料を上げろ」と言っても、将来不安がこれだけあれば、それは無理筋の話だ。
 それにしても、先進国のなかで日本だけが、経済的な理由で結婚できない、家庭を持てないという若者を大量につくり出しているのだろう。「まともに働いても自分の稼ぎでは妻子を養えない」という中年サラリーマンは、いま妻をパートに出し、必死に現状を維持している。
 こんな時代が、はたしていつまで続くのだろうか?
 (了)

【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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