ニューヨークにっぽん人もよう 第5回 髙島 ヒロ さん

演劇とミュージカルの本場で勝負する 俳優

髙島さん。本人提供

ハリウッドを抱えるロサンゼルス市を世界の映画の中心としたら、ブロードウェーを抱えるニューヨーク市は演劇とミュージカルの本場。そのニューヨークでプロの俳優として活動する日本人がいる。マンハッタン区タイムズスクエアにあるマンハッタン・レパートリー・シアターで先週まで上演されていた演劇、「The Puma and the Dumbwaiter」に主役の1人として出演した長崎県大村市出身の髙島ヒロさんだ。
 演劇に目覚めたのは小学生のころ。テレビで偶然トニー賞の生中継を見て、その迫力に圧倒された。幼いながら「アメリカで俳優になる」と決めたという。
 夢の実現に向けて走り出したのは中学生になってから。市民劇団に所属し、そこで郷土の歴史を基に制作したオリジナルミュージカルに出演した。受験勉強のために退団するまでの2年間で3回の公演を経験。高校在学中に不登校になり中退した。その後、高卒認定資格を得て千葉県の神田外語大学に入学。在学中は首都圏の大学生が集まってオーディションから公演まで全て英語で行うグループに参加した。そのころ見たミュージカル「ヘアー(HAIR)」の来日公演が転機となった。 
 「英語で作られた作品を翻訳し、和製ミュージカルとして演じることに限界を感じていた」ときに来日公演を見た衝撃を、「西洋音楽と完璧に調和する英語の韻(いん)の響きに一瞬で恋に落ちた」と振り返る。
 大学卒業後の2017年に来米、マンハッタン区にある演劇専門学校アメリカン・ミュージカル・アンド・ドラマティック・アカデミーに入学。早朝からの授業、その後は深夜までのリハーサルと宿題に追われ毎日4時間の睡眠時間に耐え、1年後に卒業。現在はマンハッタン・レパートリー・シアターなどの舞台を中心に演じ、映像の世界にも活躍の場を広げている。
 アジア人以外の役を与えられることも少なくないといい、そうした場合は、呼吸、歩き方、姿勢、英語の訛り、目線など、映像資料や街中の人々を観察して役に挑むそうだ。もちろん英語については、みっちり稽古を積むという。
 超一流のエンターテインメントを間近で体験できるニューヨークは夢のような場所だが、そこで舞台に立つことができるのは、ほんの一握りの人間。「いかにしてこの業界で生き残っていくか…役者にとって『天国と地獄』のような環境が刺激となっています」 
 今後はもっとミュージカルの仕事を増やしたいと、歌と踊り、演技が要求されるオーディションに片っ端から挑戦している。
 髙島さんに、演劇を通して一番伝えたいことは何かと聞いた。しばらくの沈黙の後、返ってきた言葉は「人間の存在の面白さと奥深さ」。舞台を見た観客が「人間って面白い、人生って素晴らしい」と感じてもらえたら最高にハッピーなのだという。
 「僕自身が不登校、高校中退、引きこもりを体験してきた。だからこの世の中がどんなに生きづらいかということはよく理解しているつもりです。生きづらいな、煮詰まったな、と感じたときに、笑いや感動をもらえるのが芝居。落ち込んだときにこそ、劇場に足を運んでほしいです」

今年3月、コロンビア大学主催のシェイクスピア劇「As You Like It(お気に召すまま)」では宮臣ル・ボーを演じた。本人提供