連載235 山田順の「週刊:未来地図」 「老後2000万円」問題より深刻! (中) GPIFの資産運用失敗が引き金となる年金崩壊

メディアと野党は資金運用のマイナスを批判
 
 私たちはメディアの報道により、GPIFの資産運用がマイナスになったということをよく耳にする。
 たとえば、今年の5月1日、厚労省の発表を受けて、「GPIFの2018年10~12月期の収益が、評価損、実損を合わせて14.8兆円と過去最大を記録した」と報道された。これは、GPIFの資金の約半分を占めていた国内株式と海外株式の市況が、この時期に大幅に悪化したからである。利回りは両方合わせてマイナス9.06%となったというのだ。
 そのため、ここでもメディアと野党は年金問題を鋭く追及した。
 積立金の運用は2014年からポートフォリオを大きく変更した。簡単に言えば、それまで60%とされていた国債などの国内債の運用比率を35%に引き下げる一方で、国内株式の比率を12%から25%に引き上げると同時に、外国株式の比率も12%から25%へ引き上げたのである。 
 株式は資産としては「リスク資産」である。そのときどきの株価によって大きく変動する。
 したがって、年金でそのようなギャンブル的運用をするのは間違いではないかというのだ。
 たしかに、株式で50%以上を運用するというのはリスクが大きい。リーマンショックのような危機が起これば資産は大きく目減りする。ただしその逆もある。株価が上がって運用益が出れば資産は増えるからだ。しかも運用益がマイナスになったといっても、それは四半期という短期間のことである。資産運用は長期で見なければならないので、その観点から見ると、ポートフォリオの変更時からの利回りはプラス2.73%、累積収益額は56兆6745億円となっている。
 一部メディアや野党は短期的視点でマイナスを批判するが、長期という観点から見れば、ポートフォリオの変更は、いまのところ成功しているといっていい。
 また、マイナスといっても、それは短期的な「含み損」である。だから、それだけを切り取って批判しても意味はない。ただし問題はある。それはなぜ、GPIFがこんなことをしなければならなくなったのかを考えてみると理解できる。

なぜGPIFはリスク運用に踏み切ったのか?

 GPIFが、積立金を株式でリスク運用しなければならなくなったのは、1つには、国内金利が量的緩和によってゼロになり、主に国債などで運用するだけでは期待される運用益を計上できなくなったからである。そして、もう1つは、政府が積立金を株式に投入することで、株価上昇を狙ったからだ。
 1つ目の理由から見ると、株式運用は仕方ないといえる。
 物価スライド制が導入されたため、年金は受給前は賃金上昇率、受給後は物価上昇率に連動して給付が変化することになった。つまり、賃金上昇率や物価上昇率の分だけ資産を増やさないと実質的には資産が減少してしまうからだ。GPIFはリスクを取らざるを得ない状況に置かれてしまったのである。
 しかし、2つ目の株価上昇を狙った政府の政策は批判されるべきだ。なぜなら、これにより確かに日本の株価は上がったが、それによって大きなジレンマが発生したからだ。

保有株を売るにも売れないというジレンマ

 前記したように、運用でマイナスが発生したといってもそれは「含み損」である。プラスになれば「含み益」である。実際に株式を売買して出したプラスでもマイナスでもない。
 しかし、マイナスにしてもプラスにしても、損益を確定させるためには売買しなければならない。買うだけ買えばたしかに株価は上がるが、下がったときは損切りしてマイナスを確定する必要がある。
 しかし、GPIFの保有株の額は巨大だ。約150兆円の資産の半分の約75兆円もの株式を持ち、日本株はその半分として30兆円以上を持っている。このうちの1割を売るとしてもその額は3兆円で、これは東証1部の1日の出来高の約2兆円をはるかに超えている。
 そんな額を売ったとしたら、株式市場は一気に暴落してしまう。つまり、GPIFは保有株を売るに売れないというジレンマに落ち込んでしまったのだ。
 ちなみに市場に影響を与えないように、東証1部の1日の出来高の1%を売ると仮定しても、その額は200億円だから、3兆円を売るには150日もか–かる。
 じつは、GPIFはこれまで保有株を売ったことがある。それはポートフォリオの変更で国内株式の保有割合が目安の25%に達した2017年12月のこと。このときは世界的に株高になり、520億円を売り越した。この額をたった520億円ということはできないが、この辺が限度とはいえるだろう。
 現在、東証1部の全時価総額は500〜600兆円である。となると、GPIFは日本の東証1部の全上場企業の約6%の株を持っているという計算になり、これに日銀やほかの公的資金(共済、ゆうちょ銀行、かんぽ生命保険)を合わせた「5頭のクジラ」で、もはや日本株の流動性はほとんどなくなったと見ていい。
 GPIFは、積立金の株式運用で相場師になったといえるが、相場師がもっとも恐れるのは、「流動性のない=換金できない金融商品」の暴落である。
 もし、リーマンショック級の世界的な金融危機が発生して株式市場が大暴落となると、GPIFは指をくわえて見ているほかないのである。
 これは別の見方をすれば、私たちの年金資金は日本の株式市場と「運命共同体」となったということを意味する。さらに、東証に株式を上場する日本企業と運命共同体となったともいえるだろう。
(つづく)

【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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