Vol.62 映画監督 矢口 史靖さん 女優 三吉 彩花さん

映画を見て帰るときの方がハッピーになっている
そういう映画を作りたいですね

 最新の日本映画を紹介する全米最大級の映画祭「ジャパン・カッツ」が7月19日から28日まで、マンハッタン区のジャパン・ソサエティーで開催された。19日のオープニングを飾ったのは米国初公開のミュージカルコメディー「ダンスウィズミー」。その舞台挨拶のために来米した矢口史靖(やぐち・しのぶ)監督と主演を務めた三吉彩花(みよし・あやか)さんにインタビューした。(聞き手/本紙)

ミュージカル風のポーズで決める矢口監督(右)と三吉さん(photo: Mike Nogami)

矢口史靖
映画監督。1967年神奈川県出身。1990年、8ミリ長編「雨女」でぴあフィルムフェスティバル・グランプリを受賞。93年、「裸足のピクニック」で劇場監督デビュー。2001年の「ウォーターボーイズ」で第25回日本アカデミー賞優秀脚本賞、優秀監督賞ノミネート。04年の「スウィングガールズ」は第28回日本アカデミー賞最優秀脚本賞・最優秀音楽賞・最優秀録音賞・最優秀編集賞・話題賞の5部門で受賞。他に「ハッピーフライト」(08年)、「WOOD JOB!〜神去なあなあ日常〜」(14年)など。

三吉彩花
モデル、女優。1996年埼玉県出身。小学1年でモデルとしてデビュー。2010年から雑誌「セブンティーン」専属モデル。12年の映画「グッモーエビアン!」で第67回毎日映画コンクール、第35回ヨコハマ映画祭で新人賞を受賞。

なぜミュージカル映画を作ろうと考えたのですか?

 ミュージカル映画が苦手という日本人は多いと思うんです。(舞台の)ミュージカルでは客席と舞台がはっきり分かれていますよね。舞台で歌って踊ることはちっとも変じゃない。観客は舞台の上のパフォーマンスを客席から見る。全然おかしくない。
 でもミュージカル映画は普通にストーリーが進行している中で突然、役者が歌ったり踊ったりする。そしてまた何もなかったようにストーリーに戻る。それが好きな人もいるけど、僕のようにひねくれている人間は、それっておかしくないか? とずっと思い続けてきたんです。
 変だなぁと感じている人にも面白いなと思ってもらえるミュージカル映画を作ってみたいと思ったのが、そもそもの始まりです。

2001年製作のウォーターボーイズ以来、矢口監督が作る作品は見ていて楽しくなるものばかりです。映画作りで一番伝えたいことは何ですか?

 これまでに10本映画を作ってきましたが、常に純粋な娯楽作品を作りたいと思ってやってきました。映画で何か強いメッセージを伝えて、お客さんに考えてもらうとか、映画を見た「お土産」に、何かの考えを持ち帰ってもらうとかではなくて、映画館に来る前より映画を見て帰るときの方が、気持ちが軽くなっている、あるいはハッピーになっている、そういう映画を作りたいと。これから先、考えが変わるかどうかは分からないのですが(笑)。

「ダンスウィズミー」は、ロードムービーになってから俄然と面白くなって最後まで息もつかせぬ展開でした。監督ご自身が参考にしたロードムービーはありますか?

 参考にしたとしたら、僕が1999年に製作した劇場映画1作目の「裸足のピクニック」です。平凡な女子高生がいわれもない不幸の連続にあって実家からどんどん遠ざかって行く。どこへ行くかも分からない、思ってもみない方向にどんどん流れていくといったロードムービーとミュージカルは本来、混ざり合わないジャンルなのだけど、今回は混ざっちゃいました。

最初から計算して作ったのですか?

結果的にそうなったんです。自分の意思に反して音楽に反応し突然、歌ったり踊ったりするようになってしまって、自分の生活がどんどん壊れていく。それまで大手企業に勤めタワーマンションに住んで今時のファッションやメークで飾っていたものが、旅の過程で取れていく。
 (飾っていたものが)取れれば取れるほど、本当の自分に気がついていくというストーリーになっていったんです。

淡々とインタビューに答える矢口監督(photo: Asami Kato / 本紙)

矢口監督の作品は音楽が重要な要素のように感じます。音楽の使い方で気をつけていることはありますか?

 「ウォーターボーイズ」のときに特に感じたのですが、音楽が映画に及ぼす作用というのは非常に大きい。うまく合ったとき、音楽が映画の主役に匹敵するぐらい大きいと思います。「スウィングガールズ」のときもそうでしたが、判断を誤らなければ、映画というものは、音楽と一緒にかなりのお客さんを「乗せられる」表現になると思います。
 「ウォーターボーイズ」の前の「アドレナリンドライブ」のときも日本の一昔前の歌謡曲を使ったんですが、選択さえ間違わなかったら、劇盤(サウンドトラック)を付けなくても、そのシーンがすごく豊かになる。そうやって(音楽の効果的な使い方を)積み重ねてきたら、今回も使わない手はないなと。

最近は、感動を強要するように、あるいは音楽で語らせたりする映画やドラマ、演劇が多いようにも思います。さじ加減が難しいですね。

 ミュージカル映画は特にそのさじ加減が難しいんです。だから今回はすごく気を使いました。
 
矢口監督からみた三好さんの魅力はどんなところですか? オーディションの裏話をお聞かせください。

 普段はクール。でも歌って踊るとパッと花が開く、そんなところが魅力ですね。ミュージカルは本来、華やかさをキープするものなので、ずっと華やかでいるのが得意な人、例えば舞台関係の人が今回たくさんオーディションに来ました。
 でもこの主人公はミュージカルをすればするほど、「やっちまった!」と落ち込んだり後悔したりする役。リアリティーと華やかさのギャップが、オーディションに来た人の中で一番出たのが彼女だったんです。

三好さんにお聞きします。オーディションで選ばれたとき、どのように感じましたか?

 全く手応えを感じていなくて、絶対落ちたと思っていました。合格通知をもらったときは、「なんで私を選んでくださったんだろう」と疑問に思うくらい。歌や踊りがちゃんとできるようになるかもすごく不安でしたね。クランクイン前に2カ月かけて歌と踊りを準備しました。

矢口監督と一緒に仕事をされてどうでしたか?

 作品に対する熱量がこんなに高い監督とご一緒するのは初めてです。とても穏やかで、オーディションのときは、何を考えているのか全く分からなかったです(笑)。 ただ、こういう映画にしていきたい、こういうお芝居を撮りたい、どんな作品にしたいかが、とても明確な方だと思いました。
 現場では役者もスタッフも監督を信じて撮影を進めていった感じです。矢口監督の作品に一緒に携われてとても幸せでした。

矢口監督の今後の活動予定を教えてください。

 白紙です。日本では8月中旬から公開ですが、それでヒットしなかったら、干されます…。このまま長〜い夏休みに入るかもしれないです(苦笑)。

映画「ダンスウィズミー」は8月16日から日本全国で公開
wwws.warnerbros.co.jp/dancewithme

今年のジャパン・カッツのメーンビジュアルにも「ダンスウィズミー」が使われた(photo: Asami Kato / 本紙)