連載308 山田順の「週刊:未来地図」「新型肺炎」はいずれ収束する(完)不安を煽る報道に惑わされてはいけない

シルクロードはペストの輸送路だった

 そうはいっても、新型肺炎をことさら恐れることはない。経済に関しても、大局的に見れば、金融バブルの崩壊(今後起こると考えられる)よりも影響は少ないだろう。これは、歴史からいえることだ。
 今回の新型肺炎のアウトブレイクで、よく引き合いに出されるのが、ペストやコレラなどの感染症の蔓延が世界史を変えたことである。
 歴史上もっともひどかったとされる感染症の蔓延は、14世紀にヨーロッパを襲ったペストである。発症すると死に至ることが多いので「黒死病」(Black Death)と、恐れられた。このとき、約7000万人だったヨーロッパの人口はそのうちの約3分の1に当たる2000万人以上を失ったという。その結果、中世は「暗黒時代」となり、経済も大きく滞った。
 ペストの発生源については諸説あるが、もっとも有力な説は中国である。当時の南宋が発生源で、その南宋を現在の雲南省方面から攻めていたモンゴルに伝染し、その後、モンゴルのヨーロッパ遠征でヨーロッパに持ち込まれたとされている。モンゴルはユーラシア全域に大帝国を築き、東西交易が発展した。シルクロードは、ペストの輸送路でもあったのだ。
 同じく大航海時代の新大陸航路も疫病の輸送路となった。ヨーロッパ人が持ち込んだペスト、天然痘、結核、コレラなどで、中南米の先住民の多くが滅亡した。

相継いだ中国の疫病による王朝交代

 モンゴル人よる中国王朝である元朝が崩壊したのも、ペストのせいといわれている。元朝を倒した明王朝は、異常気象による大凶作とペストの流行により衰えた元朝を、朱元璋が華南から反乱を起こすことで建国された。元朝の最盛期の中国の人口は1億3000万人と推定されるが、明朝初期には、その半分以下の約6000万人にまで減ったという。
 明朝は1644年に滅亡し、その後は満州族の清が王朝を立てるが、このときも感染症が大流行したという。
 明朝末期の華北地方では、ペストや天然痘が猛威を振るい、少なくとも1000万人の死者が出たといわれている。同時に飢饉も続いて人口は減り続け、清が建国されたときの中国の人口は3000万人を割り込んでいたという。明朝で1億人以上まで回復した人口は、またしても3分の1以下になってしまったのである。

 中国発の疫病の歴史は近代になっても続く。1820年には広東でコレラが大流行し、翌年には北京にも広まった。このコレラは日本にも伝染した。また、19世紀末雲南省で発生したペストは中国全土に広がり、広東省から香港を経由して船でサンフランシスコに伝染し全米でも蔓延した。日本にも広がり、1902年には東京・横浜でもペストが発生したため、政府が媒介をするネズミを1匹5銭(のち3銭)で買い上げるという措置を講じている。

20世紀以降、インフルエンザは3回大流行

 近現代になっても、感染症のアウトブレイクの歴史は続く。コレラなどの細菌による感染症は、菌の発見によりじょじょに克服されたが、ウイルスによるものは、ウイルスが細胞内で増殖するために困難を極めた。
 20世紀以降では、ウイルスによる感染症の地球規模のアウトブレイクは3度記録されている。いずれもインフルエンザウイルスによるものだ。
 1918年秋から始まった「スペイン風邪」は、全世界で約6億人が感染し、死者は最終的に4000万人から5000万人に達したといわれている。日本では39万人、アメリカでは50万人が死亡している。当時の世界人口は約12億人とされるので、全人類の半数がスペイン風邪にかかったことになる。
 1957年の「アジア風邪」は中国の貴州が発生源で、全世界で約200万人が死亡した。1968年の「香港風邪」もまた、約100万人の命を奪っている。
インフルエンザウイルスは、A型、B型、C型、D型の4種類があり、このうち主に人間に感染して流行を引き起こすのはA型とB型という。しかも、このなかでも細かい種類があり、常に変異を繰り返している。また、毎年、流行するウイルスも違っている。今回の新型肺炎は、インフルエンザウイルスとは種類が違うコロナウイルスの新種だが、現段階では死者は少ない。インフルエンザの死者は、日本で毎年約1万人、世界では約25~50万人とされている。

人口減がなければ経済衰退は起きない

 このような歴史をたどれば、今回の新型肺炎は、たいしたことはないといえるのではないだろうか。これまで人類が歴史的に経験した感染症の蔓延は、いずれも多くの死者を出している。それに比べたら、新型肺炎は致死率がわずかなので、怖がるほどのものではない。
 前半で致死率を持ち出したのは、このことをここで言いたかったからだ。
 さらにもう1つ述べておきたいのは、経済的な影響についてである。歴史上、感染症の蔓延で人口が減ったとき、経済は大きく落ち込んだ。ヨーロッパ中世のペスト蔓延はその典型的な例である。しかし、流行が収まり、人口が増えると経済も回復する。ペストの蔓延が収束した後にやってきたのは、ルネッサンスによる文化の爛熟とイタリア諸都市の繁栄だった。
 つまり、人口減少を引き起こさない感染症のアウトブレイクは、じつは経済的なダメージは少ないといえるのだ。
 ただし、中国が依然として世界的な感染症の発生源となっているという問題は残る。14億人の人口を抱える中国は、いまだに環境衛生の後進国である。
 揚子江流域は世界最大のB型ウイルス感染地帯であり、感染者は1億人を超えているといわれている。また、中国の農村では6000万人から1億人の住血吸虫患者がいるという。中国衛生省によると、中国全土には肺結核感染者が約4億人いるという。
 今回の新型肺炎発生を機に、中国が真剣に環境衛生の改善に取り組むことを願いたい。アメリカ覇権に挑戦して、「一帯一路」「中国製造2025」などをやっている場合ではない。(了)

【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。

【読者のみなさまへ】本コラムに対する問い合わせ、ご意見、ご要望は、私のメールアドレスまでお寄せください→ junpay0801@gmail.com