連載994 追い詰められたプーチン・ロシア  ウクライナ戦争で分断された世界経済の今後 (下)

連載994 追い詰められたプーチン・ロシア  ウクライナ戦争で分断された世界経済の今後 (下)

(この記事の初出は2023年4月4日)

 

習近平が陥った「仲介役」のジレンマ

 このところ、中国の外交は成功している。アメリカが引いた中東で、サウジアラビアとイランを和解させ、世界を驚かせた。これでもっとも困ったのがイスラエルである。
 中国の外交の特徴は、「自由と人権」「民主主義」「世界平和」などはどうでもよく、どんな政権であろうと、中国の利益になると判断すれば関係を強化することだ。そのため、今回のウクライナ戦争では、まんまとロシアから「漁夫の利」を得ることに成功した。
 しかし、ウクライナ戦争停戦の「仲介」は、イラン・サウジのようにはいかない。なぜなら、それをするには、習近平がウクライナを訪問し、ゼレンスキーと会談しなければならないからだ。
 3月29日、ゼレンスキーが習近平に対してキーウへの訪問要請を行ったことが大々的に報じられた。ウクライナとしては、仲介役を買って出たなら、ウクライナにも来てほしいとしたわけだ。じつは、以前からウクライナと中国の関係は良好である。
 それでははたして、中国はこの要請に乗れるだろうか?
 乗ったとしたら中国は本気で停戦合意、和平を目指していることになる。しかし、断ったとしたら、「仲介は見せかけで、ポーズにすぎない」ということになるだろう。
 後者の場合、西側の反発はもちろん、中国が自認する「グローバル・サウスのリーダー」という地位も怪しくなる。習近平は、じつは大いなる「ジレンマ」に陥ったと言えるだろう。

NATOは拡大、欧州はロシア依存から脱却

 ウクライナ戦争は、これまでの世界の枠組みを大きく変えた。とくに影響を受けたのは、やはり欧州である。
 EUの盟主ドイツは、エネルギーの中核である天然ガスの55%をロシアに依存していた。そのため、プーチンはドイツはアメリカ並みの経済制裁はできないだろうと考えた。
 しかし、ウクライナ戦争が始まって1年経ってみれば、ドイツはロシアからの天然ガス、石油輸入をほぼゼロにすることに成功した。ガス料金、電気料金は暴騰したが、国民はそれに耐え、対ロシア強硬路線、脱ロシアを受け入れた。
 ドイツが行なったのは、天然ガス・石油の輸入先をアメリカやノルウェーなどに切り替えること、石炭火力発電所の再開、停止を決めた3つの原子力発電所の停止計画を延期するなどの措置だった。
 その結果、グリーンニューディールは大きく後退したが、背に腹は変えられなかった。
 ドイツの動きに代表されるように、EU諸国のロシア依存は大きく減った。その結果、EU経済はますますアメリカを頼りにするほかなくなり、NATOはさらに拡大した。欧州経済はロシア経済と完全に切り離され、それが中国にも及ぶことになった。

カーボンニュートラル推進で有利なのは中国

 現在、世界経済は一直線に「カーボンニュートラル」(脱炭素社会)の実現に向かって進んでいる。トランプが去り、アメリカがバイデン政権になったことで、脱炭素政策の推進役は、欧州、アメリカ、そして中国ということになった。
 中国の本気度は疑わしいが、欧州、アメリカは本気だ。したがって、今後の世界経済は、カーボンニュートラル抜きには考えられない。
 そこで、この見地から世界を見ると、もっとも有利なのは中国である。再エネの柱である太陽光発電の太陽光パネルと、EVの心臓であるバッテリー(蓄電池)の生産とシェアで、ダントツの世界一となっているからだ。
 思えば、リチウムイオン電池は日本の技術であり、2015年までは世界シェアの約4割を日本が握っていた。それが、いまや中国の足元にも及ばなくなった。
 となると、世界がEVシフトを進めれば進めるほど、中国が有利になる。すでに、中国のEVとバッテリー産業はEU域内での生産、流通を目指して大挙進出している。
 なんでこんなことになったかと言うと、それはEV優遇税制があるからだ。EUは、これが中国優遇策と気が付いて、先ごろ、EV1本化政策を緩和した。
 しかし、もう手遅れかもしれない。中国EV大手「BYD」は、欧州シフトを大胆に進め、今年は日本にも進出した。


(つづく)

 

この続きは5月8日(月)発行の本紙(メルマガ・アプリ・ウェブサイト)に掲載します。 

※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。

山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。

 

 

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