アートのパワー 第13回 二人のアジア系アメリカ人のミステリー作家(上)平原直美(Naomi Hirahara:日系アメリカ人2.5世)

アートのパワー 第13回 二人のアジア系アメリカ人のミステリー作家 (上)平原直美(Naomi Hirahara:日系アメリカ人2.5世)

 

「アートのパワー」では、なるべくアートに広い意味を持たせたいと考えている。従来の分類に当てはまらなくても「それはアートだ」と言うことで、そのモノを創造する表現スキルのレベルや論理的・構造的に思考する力に敬意を払いたい。私にとってアートとは、豊かな想像力によって生み出されるものを指す。

夏の読書といえば普通、リラックスさせてくれる読みやすい本を指すだろう。私にとって夏の読書はミステリー小説(推理小説や探偵小説ともいわれるジャンル)だが、実のところミステリー小説は夏に限らず、いつでも読んでいる。私好みのミステリーは、歴史上の特定の時代を舞台とし、当時、実際にどのようなことが起こっていたかも知ることができるものである。ミステリー作家は、謎の死や殺人を通して、社会的政治的背景の中で犯人を探すために実行可能な手段を見つけなければならない。歴史的なリサーチと、誰がやったかを作り出すロジックが、私をこのジャンルに惹きつけてやまない。そこで今回は、私が一押しの、アジア系アメリカ人の人生を描いた二人のアジア系アメリカ人作家を紹介したい。

 

平原直美(Naomi Hirahara:日系アメリカ人2.5世)

平原直美はパサデナ生まれの2.5世。ミステリー小説部門で世界的に権威のあるエドガー賞(Edgar Award)とメアリー・ヒギンズ・クラーク賞(Mary Higgens Clark Award)を受賞している。父親はカリフォルニアで生まれたが、幼少時に広島に移り住んだ。1960年に彼女の母親と結婚し(両親はともに被爆者)、ロサンゼルスに戻り庭師として造園業を営んだ。父親はアメリカで生まれたが、後に日本に戻り日本で教育を受け、再びアメリカに戻った帰米二世である。平原はスタンフォード大学で国際学を専攻し、アフリカを専門とした。その後東京にあるスタンフォード大学日本研究センターで学んだ。帰米後は、羅府新報という1903年に創刊されたアメリカ最大かつ最古の日英バイリンガル日刊紙で記者・編集者として働いた。新聞名は「ロサンゼルス地域の新聞」という意味である(「羅」はロサンゼルスの歴史的な中国語名である「羅省枝利」、「府」は「県」、「新報」は「新聞」を意味する)。新聞は1942年に廃刊になったが、1946年に復刊した。再開できたのは、真珠湾攻撃後の日系人排外主義的な時期に、家賃を支払い続け、日本語の活字タイプを床板の下に隠し通すことができたからだった。平原がこの新聞社で働いていた1980年代は、日系人であるために家屋、事業、農地等が没収され、強制収容所に不当に収容された日系人が連邦政府による公式謝罪と賠償金を求める運動を展開していた時だった。

 

Naomi Hirahara
(Photo credit – Andy Holzman)

2001年に平原は『Green Makers: Japanese American Gardeners in Southern California [グリーン・メイカーズ :南カリフォルニアの日系人庭師たち] 』を出版した。2001年と2003年にはロスの日系アメリカ人博物館から出版された2冊の伝記本を執筆した(『An American Son: The Story of George Aratani, Founder of Mikasa and Kenwood [アメリカの息子: ミカサとケンウッドの創業者ジョージ・アラタニの物語] 』及び『A Taste for Strawberries: The Independent Journey of Nisei Farmer Manabi Hirasaki [イチゴの味: 日系二世農家、平崎まなびのインディペンデント・ジャーニー] 』)。2002年には『Distinguished Asian American Business Leaders [著名なアジア系アメリカ人ビジネス・リーダーたち] 』も出版された。

2003年に最初の探偵小説、『Summer of the Big Bachi [大きなバチの夏]』を出版、全7巻からなるマス・アライ・シリーズの第1作目である。主人公の素人探偵は、ロスに住むしがない70代の庭師で、つたない英語を話す口数の少ない帰米二世かつ被爆者で、平原の父親をモデルにしていた。平原は第二次世界大戦前、戦中、戦後を通じて人種差別や偏見の影響を受けた日系アメリカ人の人生を、彼らのライフスタイルや生活態度に反映させながら描いている。シリーズは、日系アメリカ人についてのリサーチや彼女自身の家族の体験に基づいている。平原の著書は日本語、韓国語、フランス語に翻訳されている(翻訳された7作目の『ヒロシマ・ボーイ』は第13回翻訳ミステリー大賞候補作にノミネートされた)。日本語に翻訳された彼女のミステリーの一つ『ガサガサ・ガール(Gasa Gasa Girl)』の舞台はニューヨークでブルックリン植物園の日本庭園を設計した塩田武雄がデザインした架空の日本庭園をめぐる謎を追う。庭師マス・アライの助けを求めたのは、疎遠になっていた娘の“ガサガサ・ガール”マリである。白人の夫が殺人犯として逮捕されてしまったことから事件の解明に奔走する。コロンビア大学卒業のマリは、100ヘクタールもの農地で缶詰、冷凍・乾燥食品(Birdseyeやハインツ・ブランドを含む)用の野菜を大量生産していたニュージャージー州のシーブルック農園(Seabrook Farms)のドキュメンタリー映画を作成していた。シーブルック農園には、強制収容所から早期開放された日系人を含めて、1946年には2500人の日系人が働いていた。

ヒロシマ・ボーイ

この他、ロスに住む20代前半日系アメリカ人ハーフの新米自転車巡回警官を主人公とする『エリー・ラッシュ』シリーズがある。母親は日本語を学ばなかった日系アメリカ人で、父親は白人。エリーは大学でスペイン語を専攻した。40年間スペイン語教師だった父方の祖母の影響だった。エリーはみかけも名前も日本人らしくないので白人として扱われるが、このため人種面での混乱を招くことがある。大学時代からの友達には東南アジア系の移民が多く、警察官となった彼女を快く思っていない。このシリーズはユーモラスで、人種に対する鋭い洞察に溢れている。

平原の最新シリーズ『Japantown Mysteries [ジャパンタウン・ミステリーズ] 』は、第二次世界大戦中に強制収容された後に早期解放され、シカゴに移住した日系アメリカ人の若者たちに焦点を当てている。シカゴは、日系人が移住した都市としてあまり知られていないが、ここを舞台に、新しい生活に苦労し、生活の立て直しに奮闘したジャパンタウンでのミステリーである。シリーズ2作目『Evergreen [エバーグリーン]』は8月1日発売予定。1作目の『Clark and Division [日系人が住んだ区域の交差点]』が翻訳刊行予定(小学館)となっている。平原は現在、この人気シリーズ3作目を執筆中である。

Evergreen

昨年スミソニアン・アジアン・アメリカン・パシフィック・センターから、平原直美作、イリ・フェランデックス(Illi Ferandex)挿絵、『We Are Here: 30 Inspiring Asian American and Pacific Islanders Who Have Shaped the United States [私たちはここにいる 米国を形作った30人のアジア系アメリカ人および太平洋諸島出身者のインスピレーション] 』が出版された。子供向けの絵本で、付録として注目に値する人たちの略歴がついている。

アートのパワーの全連載はこちらでお読みいただけます

文/ 中里 スミ(なかざと・すみ)

アクセアサリー・アーティト。アメリカ生活50年、マンハッタン在住歴37年。東京生まれ、ウェストチェスター育ち。カーネギ・メロン大学美術部入学、英文学部卒業、ピッツバーグ大学大学院東洋学部。 業界を問わず同時通訳と翻訳。現代美術に強い関心をもつ。2012年ビーズ・アクセサリー・スタジオ、TOPPI(突飛)NYCを創立。人類とビーズの歴史は絵画よりも遥かに長い。素材、技術、文化、貿易等によって変化して来たビーズの表現の可能性に注目。ビーズ・アクセサリーの作品を独自の文法と語彙をもつ視覚的言語と思い制作している。

タグ :