アートのパワー 第18回 この一年を振り返って(完) アルフレド・ジャー

アートのパワー 第18回
この一年を振り返って(完) アルフレド・ジャー

 

最近ニューヨーク近代美術館(MoMA)のコレクションに収蔵された作品の中で、アルフレド・ジャーの作品を見た。昨年「アートのパワー 第2回」にホイットニー・ビエンナーレで見たジャーの作品『0601.2020,18.39』について書いた。作品名である『2020年6月1日18時39分』に、ワシントンDCのホワイトハウスの前にあるラフィエット広場で、6日前にジョージ・フロイトが白人警官の不適切な拘束方法によって殺害された事件に対するBlack Lives Matterの抗議デモが行われていたところ、連邦政府軍が動員された。ジャーのインスタレーションは黒いカーテンに囲まれた真っ暗なスペースに白黒の映像が映し出され、2機のヘリコプターが巻き起こす突風を再現する巨大ファンが天井に設置されていた。トランプ政権の暴威を体感させる力強い作品だった。

MoMAで展示されている作品『He Ram, he Ram (Oh god, oh god) 』は、1948年、マハトマ・ガンディーが暗殺者の銃弾に倒れ、死に瀕した際に発した最後の言葉である。鏡にスクリーンプリントされたテキストは、ガンディーが1925年に彼の週刊紙『ヤング・インディア(Young India)』に発表した「7つの社会的罪」を引用している:原則なき政治、労働なき富、良心なき快楽、人格なき教育、道徳なき商業、人間性なき科学、犠牲なき崇拝。これらの言葉は、ガンジーの墓石に刻まれている。

 

He Ram, he Ram (Oh god, oh god)(Photo 筆者)

ホイットニー美術館で見た作品と全く違うので、最初はジャーの作品だと気づかなかった。何かが書かれている、でもすぐには何だかわからない。ジャーの作品は、鑑賞者に作品から立ち去らずに留まることを強要する。私を含めて鑑賞者は、大きな鏡に書かれた文字と一緒に映ってしまい、鏡の中で一体化してしまい書かれた文字が読みづらい。このため鑑賞者は何が書かれているのかを読もうと作品の前で動き回らざるを得ない。重みのある言葉を理解し始めると、見る者は共謀者のような気持ちになる。

昨年のホイットニー・ビエンナーレでのジャーの作品は強烈だった。記事を書いた時には、ジャーが社会/政治問題を訴える斬新な作品で世界的に知られていることを知らなかった。1958年チリ・サンチアゴに生まれ、アーティスト、建築家、映像作家として、1982年以来ニューヨークを拠点に活躍している。ヴェニス・ビエンナーレ、サンパウロ・ビエンナーレ、そして1992年にはニューヨークのニュー・ミュージアムで個展を開催した。1995年に広島市現代美術館で開催された被爆50周年記念展「ヒロシマ以後(After Hiroshima)」に参加し、2018年第11回ヒロシマ賞を受賞した。その後企画されていた「第11回ヒロシマ賞受賞記念 アルフレド・ジャー展」がコロナ渦と美術館の改修工事のため3年間延期されたが、今年7月にようやく開催に至った(今年10月15日まで)。

広島市現代美術館は、原爆の跡地に建てられた日本初の公立現代美術館で、現代アートを通して世界平和を訴えている。建物は黒川紀章の設計で、1989年に開館した。同年に創設されたヒロシマ賞は、広島市が3年ごとに授与する国際的な賞である。ジャーが最新受賞者で、過去の受賞者には、三宅一生(1938-2023ファションデザイナー)、オノ・ヨーコ(1933- 前衛芸術家)、ダニエル・リベスキンド(1946- ポーランド系アメリカ人建築家、セットデザイナー)、蔡国強  (1957- 中国福建省出身, 花火や火薬を作品に使う。2022年北京オリンピックの開会式で花火によるパフォーマンスを展開)、ドーリス・サルチェード(Doris Salcedo:1958 – コロンビア人、日用品や家具などを使うインスタレーションで、「失う」ということに対する個人や集団の心の痛み、トラウマを表現)、モナ・ハトゥム(Mona Hatoum :1952年生まれ、ロンドン在住のパレスチナ人。マルチメデア・アーティスト、西洋の制度や権力構造に対する芸術的洞察で知られる)がいる。

これからもアートを通して考察を続けたいと思っている。

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文/ 中里 スミ(なかざと・すみ)

アクセアサリー・アーティト。アメリカ生活50年、マンハッタン在住歴37年。東京生まれ、ウェストチェスター育ち。カーネギ・メロン大学美術部入学、英文学部卒業、ピッツバーグ大学大学院東洋学部。 業界を問わず同時通訳と翻訳。現代美術に強い関心をもつ。2012年ビーズ・アクセサリー・スタジオ、TOPPI(突飛)NYCを創立。人類とビーズの歴史は絵画よりも遥かに長い。素材、技術、文化、貿易等によって変化して来たビーズの表現の可能性に注目。ビーズ・アクセサリーの作品を独自の文法と語彙をもつ視覚的言語と思い制作している。

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