第10回 ニューヨーク アートローグ 第81回ホイットニー・バイエニアル展

 

第10回 ニューヨーク アートローグ 

第81回ホイットニー・バイエニアル展
「イーブン・ベター・ザン・リアル・シング(現実以上のもの)」

現代アーティストの登竜門
ホイットニー美術館にて3月20日―8月11日まで

 

 

ホイットニー・バイエニアル展とは

ニューヨークのホイットニー・バイエニアルは、イタリアのヴェネツィア・ビエンナーレやドイツのドクメンタと並んで、世界で最も重要で注目されるアート展の一つに位置づけられる。ほかの美術展とは異なりホイットニー・バイエニアルは各回明確な焦点を提示し、アメリカの現代アートシーンを描き出すことを意図している。1932年に年次展で始まり、米国内のトップアーティストを展示した。1960年代には絵画と彫刻やその他の媒体という2部門で交互にアニュアル展が開催。1973年に2つのアニュアルが1つのバイエニアルに統合。そして展示会を現在の形式に移行した際、女性アーティストや黒人アーティストからの抗議に直面。以降も展示されるアーティストが白人男性中心であるとか、アメリカ美術の多様性が反映されていないなど批判を浴びてきた。今でも毎回さまざまな物議を醸し出しているが、一方では新しいトレンドや現代アーティストを世に送り出している。近年は米国外のアーティストも選出されている。

 

2024年展の特徴「さらにリアルなもの」

第81回となる本展では71人のアーティストとコレクティブ(グループ)が問題に声を上げる。副題が面白い。『イーブン・ベター・ザン・リアルシング(現実以上のもの)』。声明文では、人工知能が理解を複雑化させていることを認め、ジェンダーや認証性に関する論理が、トランスフォビア(トランスジェンダーや性的少数者に対する偏見、差別、恐怖感)を増幅し、身体や性別の選択を制限されるために政治的、法的に使用されていることを指摘している。人種やジェンダー、能力の異なる人々を少数派としてみなすという動向は今に始まったことではなく長い歴史の一部だ。展示作品の多くには、心と体の関係の透過性、アイデンティティの流動性、そして自然環境と構築された世界の不安定さが探求されている。参加アーティストのリージャ・ルイスが表現したように「不協和な合唱団の中にいるような」展示空間だ。屋外テラスと全館を使い多種多様な作品が披露されているが、1時間にもおよぶ映像作品も。丸一日かけても鑑賞しきれないほどの作品数だが、心地よいソファーやベッドまで設置されている作品には、体を沈めて没入しよう。

 

Photo 筆者

 

見どころ作品

アイザック・ジュリアン(1960年ロンドン出身。ロンドンとカリフォルニア州サンタクルーズ在住)。 『Once Again . . . (Statues Never Die) もう一度…(彫像は死なない)』2022年作。映像作品によるインスタレーション作品。ハーレム・ルネサンスの哲学者、教育者、文化評論家であるアライン・ロックの人生と思想に焦点を当て、アフリカ系ダイアスポラ(北アメリカ、南アメリカ、カリブ海諸国、ヨーロッパ、そして他の地域に居住する人々)に呼びかけた作品。現代史を通じて黒人アーティストの遺産における対話が展開。ジュリアンは「詩的な補償」とし美術館がアフリカ美術を収集してきた方法に言及。誰に黒人のモダニズムを定義する権限があるのか?誰が発言権を持つのか?男性はどう権力を交渉し、クィアな欲望をどうするのか?この瞑想的な空間には瞬く間に引き込まれる。

Once Again… (Statues Never Die), 2022.
Photo 筆者

タカコ・ヤマグチ(1952年岡山県出身。カリフォルニア州サンタモニカ在住)。
『Issue(イシュー)』2023年を含む5点の絵画作品が披露。日本人女性画家だ。筆者は初めて出会った作品群で、光沢のある表面、デザインパターンのような平面的風景の構成と東洋的な色に心が誘われた。詩人ウォレス・スティーヴンスの「全てのアイデアは自然界から来る:木=傘」の中で「傘」として読まれる「木」を描くことを目指し、その結果生まれる絵画は西洋美術史上の「純粋な」抽象表現に逆らっているという。ヤマグチの作品は「海景」と訳されるが、批評家が日本の美学を本質的にミニマリストとする仮定に抵抗し、日本の視覚文化の最も豊かで複雑な側面を引用している。

Issue, 2023.
Collection of the artist; courtesy Ortuzar Projects, New York.
©Takako Yamaguchi. Photograph by Gene Ogami

キヤン・ ウィリアムズ(1991年ニュージャージー州ニューアーク生まれ)。
『Ruins of Empire II or The Earth Swallows the Master’s House(帝国の遺跡II または地球が主人の家を呑み込む)』 2024年。6階屋外テラスに設置された大胆な彫刻はホワイトハウスの北側の表面が傾き沈んでいる場面。解釈幅は広く、刻まれた労働の歴史が政治的基盤の脆弱性を示し、また地球の浸食でシステム性の批判が表現されている。この隣にキーヤン・ウィリアムズのトランス活動家マーシャ・P・ジョンソンの像がホワイトハウスの破壊を目撃している。

Ruins of Empire II or The Earth Swallows the Master’s House, 2024.
Photograph 筆者
Photo by Kouichi Nakazawa

梁瀬 薫(やなせ・かおる)
国際美術評論家連盟米国支部(Association of International Art Critics USA )美術評論家/ 展覧会プロデューサー 1986年ニューヨーク近代美術館(MOMA)のプロジェクトでNYへ渡る。コンテンポラリーアートを軸に数々のメディアに寄稿。コンサルティング、展覧会企画とプロデュースなど幅広く活動。2007年中村キース・ヘリング美術館の顧問就任。 2015年NY能ソサエティーのバイスプレジデント就任。

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