2025年9月26日 COLUMN 津山恵子のニューヨーク・リポート

津山恵子のニューヨーク・リポートVol.63 日本式「忖度」はない米メディア 深夜番組の放送停止から分かること

米ABCテレビが9月17日、深夜の「ジミー・キンメル・ライブ!」を放送停止すると発表し、「権力に屈した自主的な検閲」との批判を巻き起こした。トランプ政権の規制当局が民間人であるコメディアンを非難した直後の放送停止は前代未聞。しかし、23日に放送を再開してからキメルのトランプ大統領に対する舌鋒は相変わらずだ。ABCのニュース部門も政権批判を続けており、「忖度」が一時問題になった日本メディアに比べ、米メディアは奮闘している。

23日に再開した番組のモノローグで「私が発言できるようになるために、声を上げてくれた皆に感謝する」と涙目で語るキメル(photo: YouTubeのJimmy Kimmel Live Channel / https://www.youtube.com/watch?v=c1tjh_ZO_tY&t=2s からスクリーンショット)

放送停止を伝えたABCライブストリームでは、アンカーが「一部からは言論の自由への脅迫との声が上がっている」と淡々と報道。一方、ほかのメディアや市民からは「検閲」「言論の自由を守れ」と一斉に声が上がった。

カリフォルニア州のディズニーの映画スタジオ前では連日、市民が抗議デモを展開。セレブが「グッドバイ」とストリーミングサービス「ディズニー・プラス」の解約をSNSで表明し、数万人が「いいね」した。長年の優良株だったディズニーの株価は下落し、一晩にして時価総額で40億ドルを失った。

共和党選出ながらテッド・クルーズ上院議員でさえ、ブレンダン・カー連邦通信委員会(FCC)委員長が、放送局免許の取り消しを仄めかせたことを非難した。「カーが免許をABCから奪うと言ったのは、脅しであり、えらく危険だ」と自らのポッドキャストで、映画のマフィアの口調を真似て語った。

ディズニーが、番組を再開したのは、ディズニー・プラスの解約、株価や株主の圧力などが経営に影響するのを恐れた「資本の原理」が働いた。企業として、言論の自由を守ろうとしたとは言いにくい。

しかし、復活したキメルも主要メディアもトランプ氏と閣僚らの権力乱用に立ち向かう姿勢はむしろ強めている。

復活したキンメルは、「(トランプの)やり口は、1980年代の映画みたいなイジメだ」とやり返した。復活した晩のモノローグは、翌日までにYouTubeで2000万回、2日目は500万回再生された。

日本の知人らから「キンメルの出演停止から、米メディアは権力に対して忖度し始めたのではないか」と聞かれる。答えはノーだ。日本メディアは週刊文春を除き、ジャニー喜多川の性的搾取問題を英BBCが報じてから約半年間、沈黙を守り続けた。元首相が開いた会見の進行について、テレビ局が官邸に指南した「指南書事件」もあった。権力側、権力を持つ人らが行ったことについて、権利を奪われた人々の立場に立って、「良心」や「独立性」を持って取材をしようとしたかは疑問だ。

米メディアと米市民は、キンメルの番組復活のために、可能な限りの支援を行った。そして勝利したといえる。 

取材・文/津山恵子

津山恵子 プロフィール
ジャーナリスト。専修大文学部「ウェブジャーナリズム論」講師。ザッカーバーグ・フェイスブックCEOやマララさんに単独インタビューし、アエラなどに執筆。共編著に「現代アメリカ政治とメディア」。長崎市平和特派員。元共同通信社記者。

RELATED POST