2025年10月23日 NEWS DAILY CONTENTS

昼は閑静な住宅街、夜は呪われた道…映画にもなった、NY郊外「ウェストチェスター」の伝説【NY心霊スポット 4 】

観光都市・ニューヨークには、実は“心霊好き”の間で密かな人気を集めるスポットが点在する。古い豪邸、荘厳な教会、夜の街角・・・そこに眠る物語を辿れば、街のもう一つの歴史が見えてくる。ハロウィンシーズンを前に、ニューヨーク在住のSF&ファンタジー評論家・小谷真理さんが語る「ゴーストハンティングの世界」とは。

今回は、最終回は、ニューヨーク郊外の住宅地、ウェストチェスターが舞台だ。(前回のエピソード)。

◆ ウェストハリソン/バックアウトロード
映画にもなったアメリカで最も呪われた道

バックアウトロード

バックアウトロード(Buckout Road)は、ニューヨーク州ウェストチェスター郡にある全長約3.4キロメートルの道路。ウェストハリソンから始まり、ホワイトプレーンズへと抜ける道で、現在は住宅や林に囲まれ、一見のどかな雰囲気。だが、血塗られた歴史と怪談の数々によって「アメリカで最も呪われた道」として知られてきた。

首なし騎士の伝説

起源は独立戦争時代にさかのぼる。1776年、10月28日、初代アメリカ大統領のジョージ・ワシントンがホワイトプレーンズ近くでイギリス軍と激戦を繰り広げた10月28日、物資を狙ったドイツ人傭兵の首がはねられたという事件が記録に残り、これが後に「首なし騎士」の伝説を生んだともされる。ワシントン・アーヴィングの小説「スリーピーホロウ」にもつながる逸話だ。

スリーピーホロウ(photo : 藤原ミナ)

バックアウトロードとバックハウト家

バックアウトロードは、17世紀にこの地へ移住したオランダ系一族「バックハウト(Buckhout)家」に由来する。つづりの “h” が省略されて現在の表記となったと考えられている。彼らは富裕だったというが、一族の歴史は惨劇の連続だった。

墓荒らしとメアリーの殺害

ストーニー・ヒル墓地・南北戦争で従軍した帰還兵の墓

ある晩、一族の墓地に墓泥棒が入り、墓石は壊され、埋葬されていた遺体や副葬品が盗み出された。目撃者とおぼしき一族の娘メアリーも殺害されるという悲劇が起きた。奪われた遺体は少なくとも43体にも上り、行方知らずに。以来、墓地周辺では「盗まれた自分の体を探す幽霊たち」がさまよっていると語り継がれ、特に夜間に訪れると、メアリーの幽霊が肩を叩くという恐ろしい伝説が残っている。現在、墓地に残るのは当主の墓石のみである。

奴隷解放をめぐる惨劇

1800年代の末期、バックハウト家では白子(アルビノ)の奴隷を抱えていたが、これを許せなかった末娘が、ある夜、奴隷たちを解放し家族を惨殺、自らも首を吊って果てた。事件後、逃げた奴隷を捕らえるための大規模な奴隷狩りが行われ、3人が捕らえられて拷問の末に処刑された。処刑場となった場所は「血の池」と呼ばれ、今でもときおり地面から血のような染みが浮かび上がると噂されている。(*ア
ルビノとは、生まれつき色素が欠乏して肌や髪が白くなる遺伝的体質を指す。当時は「異形」として恐れられ、差別の対象ともなったため、怪談や伝説の中でしばしば不気味な存在として語られるようになった。)

アイザック・バックハウト事件

1870年頃、アイザック・バックハウトは隣人アルフレッド・レンデルとその息子を夕食に招き、さらに妻ルイーズ・アンをも加え、3人を銃殺した。不倫を疑ったための犯行だったという。アイザックはタリータウンで逮捕され、犯行を認め、絞首刑に処された。彼はウェストチェスター郡で処刑された最後の絞首刑囚とされている。その後、この地では殺害された妻ルイーズ・アンの幽霊が目撃されるようになった。

その後の怪談と伝説

20世紀に入ってもバックアウトロードにまつわる凄惨な伝説は尽きることがない。1970年代には「カップル襲撃事件」と呼ばれる怪談が広まった。ある夜、通りかかった若いカップルの車が突然バッテリー切れを起こし、男性が助けを求めに近くの家へ向かった。ひとり残された女性は、やがて車の天井から奇妙な物音を聞き、外へ出てみると、男性が木から吊るされているのを発見したという。その直後、屋敷から現れたアルビノの一群に襲撃され「女性は食い殺されてしまった」と語られている。

この話には数多くのバリエーションがあるが、共通しているのは「恐怖の象徴としてのアルビノの一族」の存在だ。

さらにこの伝説にはもう一つのポイントがある。それは、連続殺人犯 ハミルトン・ハワード・アルバート・フィッシュ の亡霊との結び付きだ。フィッシュは20世紀初頭に子どもを狙った猟奇的な殺人を繰り返し、1936年に電気椅子で処刑された人物である。その彼がかつてバックアウトロードに住んでいたとされ、この怪談は「フィッシュの亡霊の仕業だ」と語られることで、さらに凄惨な色合いを帯びていった。

血生臭い事件がたびたび起こるバックアウトロードだが、なぜ奇怪な出来事ばかりが語り継がれるのだろうか。一つ興味深い事実がある。ヨーロッパからの入植者が到来する以前、この地はアメリカ先住民の聖地だった。現地に住んでいたのはシワノイ族で、ここには「白い鹿を見れば幸運が訪れる」との伝説が残されていた。この神秘の鹿を一目見ようと、遠方から先住民が訪れるほどの特別な土地だった。

しかしやがて、入植してきたヨーロッパ人の手により近隣の先住民は虐殺され、シワノイ族は姿を消した。白い鹿も同じく姿を消し、今では見ることができない。幸運の象徴を失ったその地で、後世に残る数々の惨劇と怪談が重なっていったのは決して偶然ではないのかもしれない。

映画化と現在

こうした血塗られた歴史と怪談は人々を惹きつけ、2017年にはカナダでホラー映画「バックアウトロードの呪い(The Curse of Buckout Road)」が制作された。これを機にバックアウトロードは心霊スポットとして広く知られるようになり、昼間は静かな住宅街の道、夜は「呪われた道」として人々の恐怖心をかき立てている。

全4回にわたり紹介してきたニューヨークの心霊スポット。ただの「怖い場所」や「幽霊の噂」ではなく、背後には、この街が歩んできた歴史や人間の愛憎に満ちた記憶が静かに息づいている。それを感じられるのが、ゴーストハンティングの面白さだ。

■前回までのエピソード
アンディ・ウォーホルなど著名人の定宿だったNYの「チェルシーホテル」、実は数々の伝説の舞台となっていた【NY心霊スポット3】
ジョン・レノンも住んでいた高級アパート、実は有名な心霊スポットだった!【NY心霊スポット2】
NYで密かに人気、「ゴーストハンティング」で体験するもう一つのアメリカ史 | あの豪邸や教会も実は…【NY心霊スポット1】

案内人はNY在住のSF&ファンタジー評論家・小谷真理さん

本好きが高じてSFとファンタジーにのめり込み、評論家として活動。女性SFをフェミニズム批評で読み解いた『女性状無意識』で日本SF大賞を受賞し、学術書から児童向けの読書ガイドまで幅広く執筆している。長年、日本経済新聞夕刊で新刊書評を担当し、日本のポップカルチャーをフェミニズム批評で読み解く第一人者でもある。

若い頃からアメリカのSF大会に参加するため来米し、現地の書店で怪談や幽霊屋敷のガイド本に出会ったことをきっかけに心霊スポットに興味をもつようになった。現在はニューヨークに滞在し、観光の合間に心霊スポットを訪れながら、アメリカの歴史や文化を知る手がかりとして心霊スポットを訪れることを楽しみにしている。

X:https://x.com/KotaniMari
公式サイト:http://inherzone.org

                       
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