
Whitney Museum of American Art, New York; gift of Peter Norton 2008.339a-x. Photograph by Tom Powel. © Liza Lou
ライザ・ルー(1969年ニューヨーク生まれ、ロサンゼルス育ち)の『トレーラー』(1998-2000)は、古き良きアメリカを実物大で再現したアメリカン・トリロジー・シリーズの3作目である。現在、ブルックリン美術館の入口パビリオンの右側に設置されている。同パビリオンは1992年、美術館の拡張プロジェクトの一環として、磯崎新とジェームズ・ポルシェクが設計。入館料を払わなくてもイベントに参加できるコミュニティスペースとして使われており、私が美術館を訪れた10月末には、左半分のスペースで大統領選挙の期日前投票が行われていた。
私が初めてライザ・ルーの作品を見たのは、彼女のアメリカン・トリロジー・シリーズの第一作目『キッチン』だった。5年前にホイットニー美術館で開催されたグループ展『Making Knowing: Craft in Art 1950-2019』に展示されていた。アメリカのキッチンを実物大で制作した彼女のキラキラしたキッチュなバービー人形のようなキッチンは、小さなガラスビーズで覆われた紙粘土でできていて、私の目を楽しませ、笑わせ、そして同時に芸術におけるフェミニズムについて疑問を投げかけていた。
ライザ・ルーはサンフランシスコ・アート・インスティテュートに通ったが、教授たちがビーズを本格的な芸術として認めなかったため、1989年に中退した。1991年、ロサンゼルスに住む母親の台所で『キッチン』の制作を始めた。ケロッグやキャプテン・クランチのシリアルの箱、バドワイザーの6缶パックとポテトチップスの少々つぶれている袋、床に置かれた洗剤の箱など、アメリカの日常を代表する消費者製品で埋め尽くされた15.6平方メートル(68平方フィート)のキッチンを一人で完成させるのに5年かかったという。オーブンから出来立てのパイ、そのレシピがカウンターの上に置かれている。汚れた食器がシンクを埋め尽くし、シンクの蛇口からは水が流れている。ディテールは思慮深くユーモラスだ。
この作品に注目したのが、マーシャ・タッカー(ホイットニー美術館の元キュレーター、1977年に新しいアートを紹介するニュー・ミュージアムをバワリーに設立した)だった。1996年、『キッチン』は、労働集約的なアート作品を制作する50人のアーティストを集めたグループ展『ア・レイバー・オブ・ラブ』で初公開された。タッカーはルーに、自分のキュレーションの意図は固定観念をより強固にすることではなく、既成のヒエラルキーに挑戦することだと断言した。
ルーの2作目は、48.8平方メートル(525平方フィート)のインスタレーション『裏庭 Backyard』だった。草の葉を作るだけで25万個のビーズをひとつずつピンセットで載せていく。この作業を自分ひとりでやれば40年かかると計算し、助けが必要だと悟った。彼女は、アメリカ国外の非営利団体に手紙を書き、助成金を求めているのではなく、危機意識の高いコミュニティーに収入機会を提供するためにはどこに行けばいいかを尋ねた。その返事が、南アフリカ(クワズール・ナタール州)のダーバン(インド洋に面した南アフリカ第3の都市)にある職人支援団体Aids to Artisansから来た。ズールー族は南アフリカで最も人口が多い部族であり、ビーズ細工は様々な形でその高い芸術性を誇っている。2005年、ルーはロスのスタジオを維持しながら、ダーバンで制作をすることにした。彼女はダーバンに行ったことがなかった。そこはHIVエイズの震源地であり、街の失業率は70%に達していた。
ルーは12人の熟練した女性ビーズ職人と働き、最終的には男性も入れて50人が作業に加わった。ルーのアトリエはダーバンの中心街にあり、女性たちは7つの異なるタウンシップ(黒人専用居住区)から働きに来ていた。タウンシップは、1948年に始まったアパルトヘイト(人種隔離政策)時代に設けられた、白人による少数民族支配地域である。南アフリカ白人の祖先は、19世紀初頭に入植したオランダ人とイギリス人の子孫である。アパルトヘイトは人種隔離を公認し、非白人を政治的・経済的に差別する制度である。1950年に制定された人口登録法は、人々を肌の色で分類し、非白人は分離され、市街地から離れた最も不毛な土地の11%を占めるタウンシップに強制収容された。現在でも、住宅、上下水道が不備のまま、貧困層が集中している。
この続きは12月17日(火)発行の本紙(メルマガ・ウェブサイト)に掲載します。
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文/ 中里 スミ(なかざと・すみ)
アクセアサリー・アーティト。アメリカ生活50年、マンハッタン在住歴37年。東京生まれ、ウェストチェスター育ち。カーネギ・メロン大学美術部入学、英文学部卒業、ピッツバーグ大学大学院東洋学部。 業界を問わず同時通訳と翻訳。現代美術に強い関心をもつ。2012年ビーズ・アクセサリー・スタジオ、TOPPI(突飛)NYCを創立。人類とビーズの歴史は絵画よりも遥かに長い。素材、技術、文化、貿易等によって変化して来たビーズの表現の可能性に注目。ビーズ・アクセサリーの作品を独自の文法と語彙をもつ視覚的言語と思い制作している。
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