2025年7月25日 COLUMN 『It’s okay not to be okay 〜大丈夫じゃなくても大丈夫〜』

連載『It’s okay not to be okay 〜大丈夫じゃなくても大丈夫〜』小風華香が聞く心のケア 第3回

心のケア、あなたはどう考えていますか?

ニューヨーク在住の日本人コミュニティー、特に駐在員と帯同ご家族の皆様に向けてお届けするシリーズ。第3回は、コロンビア大学医学部循環器科教授で元米国日本人医師会(JMSA)会長、邦人医療支援ネットワーク(JAMSNET)代表を務める本間俊一先生に「心のケア」の現状を聞きました。

お話を聞いた人
本間俊一先生

心血管治療の現場での患者の心の悩みにはどんなものがありますか?また、アメリカ在住の日本人とで違いを感じることはありましたか?

心血管疾患の治療を通じて最も強い精神的ストレスを感じる場面は、急性心疾患の直後です。特に、若く健康そうに見えた患者が突然、心筋梗塞を発症した際には、「これまでの人生観が一夜で変わってしまう」といった実存的な不安を目の当たりにします。患者本人が将来の健康や人生計画に対する不安に襲われるだけでなく、家族も経済的な心配や大切な人を失うかもしれない恐怖心を抱きます。

慢性疾患の患者の場合は、日常生活の制限から喪失感や絶望感、そして自己同一性の揺らぎを経験されることがよくあります。文化的な違いとして、非日本人の患者は、自身の不安や恐怖をはっきりと言葉にして積極的に家族や専門家に助けを求める傾向があります。一方、日本人の患者はアメリカにいても痛みや不安を我慢し、心のケアの利用をためらう傾向があります。

体と心の健康が密接に結びついていると感じる、具体的な例を教えてください。

臨床の現場で繰り返し見られるのは、前向きな気持ちを持つ患者ほど治療に対する意識が高いということです。回復を信じている患者は薬を規則正しく服用し、検査や診察を欠かさず、症状を正直に伝えてくれます。一方、抑うつ状態にある患者は諦めがちで、受診をすっぽかしたり、言い訳をしたり、症状をごまかしたりすることがあります。その結果、治療に必要な情報が十分に得られない場合があります。

このような場合には医師は患者と同じ目線で信頼関係を築き、個別面談やソーシャルワーカーとの連携、ピアサポートの導入など、多面的なアプローチが重要となります。こうした取り組みにより、患者が苦しみを口にできるようになり、結果、適切なサポートが受けられるようになり治療成果が向上します。

心の悩みについて安心して話せる場をどのように作り出していますか?

診療の際にはまず患者との雑談を大切にしています。本題に入る前に、「ご家族はお元気ですか?」「最近お仕事の調子はいかがですか?」などの日常的な話をすることで、患者の声のトーンや表情、ふとした視線の動きといった微妙な変化を捉えます。

こうした小さなサインを感じ取る力は、長年の臨床経験を通して培われたもので、AIなどのテクノロジーには置き換えられない重要なスキルです。さらに、このようにして築いた信頼関係を、一人の医師の力だけにとどめず、看護師、ソーシャルワーカー、通訳者といった多職種の専門家が“オーケストラ”のように協力しながら、患者を支えるチームケアを行っています。例えば、ソーシャルワーカーが通院用の交通手段を手配するなど、アメリカ在住の日本人の患者が安心して身体的·感情的サポートを受けられるよう、心と体を包括的にケアできる仕組みを整えています。

身近な人が心の不調を来したときに感じたことは?日本人コミュニティーの心の健康支援についても教えてください。

身近な同僚が、心の不調を抱えながら偏見のために深刻になるまで助けを求められなかった例を経験し、心のケアを「最後の手段」ではなく「予防的なメンテナンス」として捉えるようになりました。

2011年の東日本大震災直後には、JAMSNETを通じて、被災地支援の一環として地域密着型のメンタルヘルスクリニックの設立を推進しました。

私は精神科医ではありませんが、自分の強みを患者が必要なサポートにつながりやすくするための仕組みづくりに見出しています。 

ケネディ元大統領がNASA宇宙センターを訪問した際、清掃員が自分の仕事を「人類を月に送る手助け」と表現したエピソードがあります。このように、どのような役割であっても大きなミッションの一部を担っているという考え方を大切にしています。特に患者が心の支援を求める際に最初に接する受付や事務スタッフの役割は、精神科医やセラピストと同じくらい重要だと考えています。

心のケアの分野で自分がどのように貢献できるかを考えて行動し、全員が一つの“オーケストラ”として協力することが重要だと実感しています。

最後に、読者にメッセージをお願いします。

私たち日本人には、困難なときにこそお互いを支え合う文化が根付いています。JMSA、ニューヨーク日系人会(JAA)、日米ソーシャルサービス(JASSI)などが提供する日本語対応可能な専門家のリストなど、ニューヨークには利用できる支援がたくさんあります。一人で悩まず、ぜひご利用いただければと思います。

ナビゲーター:小風華香(Haruka Kokaze)

コロンビア大学病院/職場メンタルヘルスリサーチアソシエイト兼日本ストラテジー主任アナリストニューヨーク大学病院/アルコール依存症、薬物依存症フェロースタンフォード大学病院/ハートフルネスフェロー

父親の仕事の関係で東京、ニューヨーク、ヒューストン、ロンドンで育つ。幼いころから日本人駐在員とその帯同家族が精神的な問題に直面していること、また、日本特有の価値観や人間関係を理解するメンタルヘルス専門家がアメリカに不足していることを実感。現在はコロンビア大学のMental Health + Work Designラボで、職場メンタルヘルスリサーチアソシエイトおよび日本ストラテジー主任アナリストとして、日本国内の本社とアメリカ支社の駐在員とその帯同家族が直面するメンタルヘルス問題を担当。同時に企業とのパートナーシップ構築と成長支援にも注力している。兵庫県出身。

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