2025年8月5日 COLUMN アートのパワー

アートのパワー 第62回 ネルソンA.ロックフェラーとその不朽の遺産(6)

メットの新しい時代

私は新しいレイアウトを理解するために、さらに2度このウィングを訪れた。入口は古代ギリシャ・ローマ展示室からで、そこから斜めに横断して進むと、オセアニア地域の展示へと続く。そこでは、垂直にそびえるビス(bisj)祖先柱や、同様に印象的な水平に展示されたカヌー(いずれもパプア・ニューギニア産のマングローブの巨木から彫られたもの)に出会う。古代アメリカの展示は新しい窓側に配置されている。石や金属でできた作品は比較的光に強いためだ。ウィング内には19の展示室があり、ガラスの壁によって文化ごとの境界が設けられている。各展示室には、地理的変遷や移住、文化交流・変容を示すデジタル地図、村での生活、儀式、作品制作映像、時代背景と現代的視点に基づく説明キャプション、そして既知の作家名や使用素材、創作過程に関する詳細情報が含まれている。さらにQRコードを通じて学術的な考察にもアクセスできる。全作品には明確な来歴(プロヴナンス)が記されており、マイケルまたはネルソン・ロックフェラーによって購入されたものも多数見られる。これにより、メトロポリタン美術館は作品の合法的な取得を明示している。

シエラレオネのメンデ族またはヴァイ族のアーティスト、高級タペストリー、20世紀初期、綿、染料。最も高級なテキスタイルのひとつで、人気のある遊び心のある市松模様は、クリーミーな白とインディゴ染めの部分がアースカラーの茶色を背景に映えている。

新たな展示には、これまで未公開だったテキスタイル・アートが含まれた。シエラレオネのメンデ族かヴァイ族のテキスタイル作家による20世紀初頭の巨大な布製壁掛けと、これと同サイズのガーナ出身のエル・アナツイ(1944-)の金属製タペストリーが、ビスポールが設置されているエリアに向かう両側の壁に効果的に配置され、視覚的、文化的な示唆に富んでいた。幾何学模様の織物は、大胆かつ完璧で、織りの精巧さも作品に使われた糸の染色も見事だ。アナツイのコンテンポラリーなタペストリーは、遠くからでもきらきら輝いている。近くで見ると、リサイクルされたアルミ缶(ビールの銘柄によって好みがあるようだ)や瓶の蓋が銅線で束ねられていて、遊び心にあふれている。“大地と天の間で” 明暗の変化が、全体の中の断片に意味を与え、リサイクル素材が芸術において何が大切かという問いを投げかけている。

一方で、セネガル出身でパリで暮らした画家イバ・ンジャイ(1928–2008)の絵画を、彼に影響を与えたヨーロッパ美術(たとえば館蔵のレンブラント作『フローラ』)と共に展示したギャラリーは、やや急ごしらえの印象を受けた。むしろ、ヨーロッパ美術展示室で、パリで活躍したアフリカ出身芸術家に焦点を当てた展示にする方が、より包括的になったかもしれない。しかし、試みとして興味深かった。

近代美術と現代美術の展示室から新らしいウィングに入る壁沿いには、カマロンのサミュアル・フォッソ(1962-)の 『African Spirits』と題されたシリーズ(2008年)の、白黒の大きな写真が12枚並んでいた。このシリーズで、フォッソは、ネルソン・マンデラ、ハイレ・セラシエ1世(エチオピアの独裁者)、マイルス・デイヴィス、パトリス・ルムンバ(コンゴの初代首相、クーデターで殺害された)、アンジェラ・デイヴィス(マルクス主義者で、アメリカにおける左翼運動の重要な活動家)など、彼にとって大きな意義をもつ人物になりきっている。このコンセプトは、自らがゴッホに扮してゴッホの絵の中に入り込む写真を撮影したり、マリリン・モンローやオードリー・ヘップバーンになって彼女らの映画シーンを再現するなど、歴史上の人物や芸術作品に扮装したセルフポートレート写真で知られる森村泰昌を思い出させた。フォッソの作品自体は興味深かった。しかし、私には、この展示も行き当たりばったりとしか思えなかった。小さなキャプションがひとつあるだけで、何度か前を通ったことがあったにもかかわらず、これらの作品に気づいたのは3度目の訪問のときだった。この展示方法では作品の意図が伝わらないと思った。アーティストの作品をもっとうまく見せる方法があれば、複雑化する世界における変態(なりすまし)や異文化間のアイデンティティといった問題により深みを与えることができるのではないか。

マイケルC.ロックフェラー・ウィングの開放的で柔軟な空間は、現在展示されていない作品を含めた大規模な展覧会にも対応できるよう設計されているようだ。ネルソンA.ロックフェラーが果たした役割——世界中の芸術を視野に入れたグローバルな視点をメトロポリタン美術館にもたらしたこと——は、美術史に対する認識を深める重要な一歩だと言えるであろう。

エル・アナツイ(El Anatsui、1944年生ガーナ共和国アニャコ生まれ)『Between Earth and Heaven(地上と天国の間で)』(2006年)、アルミニウム、銅線。作品は、伝統的なケンテ・テキスタイルを示唆し、捨てられたアルミの缶や瓶の蓋を彫刻素材として再利用することで生き生きした表面を生み出している。
(左) インカのアーティスト、ヴォルティブ・チェッカーボード・チュニック、アルゼンチン、ペルー、またはボリビア、1460〜1626年、ラクダ科(アルパカ、リャマなど)の繊維。インカの軍隊に関連した衣服のようだが、サイズが小さいので、奉納品だった思われる; (右) アンデスのアーティスト、ボリビアまたはペルー、ミニチュア・タバード (脇の開いた襟のない外衣),1600〜1700年、綿、ラクダ科の繊維、絹、金属、奉納品用に作られたもの。

文/中里 スミ(なかざと・すみ)

アクセサリー・アーティスト。アメリカ生活50年、マンハッタン在住歴38年。東京生まれ、ウェストチェスター育ち。カーネギ・メロン大学美術部入学、英文学部卒業、ピッツバーグ大学大学院東洋学部。 業界を問わず同時通訳と翻訳。現代美術に強い関心をもつ。2012年ビーズ・アクセサリー・スタジオ、TOPPI(突飛)NYCを創立。人類とビーズの歴史は絵画よりも遥かに長い。素材、技術、文化、貿易等によって変化して来たビーズの表現の可能性に注目。ビーズ・アクセサリーの作品を独自の文法と語彙をもつ視覚的言語と思い制作している。

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