産業革命を起こす勢いで進化中のAI。慶応義塾大学WPI Bio2Q特任教授の小山尚彦(こやまたかひこ)が、いまさら聞けないAIの基礎知識から最新のコンピューティング情報まで、分かりやすく解説。

小山尚彦(こやま たかひこ)慶応義塾大学WPI Bio2Q特任教授。1999年コーネル大学において物理学博士号を取得。武田薬品工業、IBMワトソン研究所を経て現職。専門はAIとQuantum Computingのライフサイエンスへの応用。武田薬品工業ではがんや中枢薬の研究、リード最適化などを行った。2014年にIBMワトソン研究所でワトソンゲノム解析のリーダーとなる。20年に発表した新型コロナウイルスの論文が中国科学院より先に発表され話題となる。大阪府出身。

AIは、科学の難問をどう変えていくのでしょうか?
人類を長い間、悩ませてきた未解決問題に今、AIが挑み始めています。
カリフォルニア工科大学では、数百万ステップを要する複雑な数学課題を解くAIが登場しました。例えば60年前に提起された「アンドリュース・カーティス予想」のような難問にも取り組んでいます。
ミレニアム懸賞問題への挑戦について研究者は「AGIによるミレニアム懸賞問題の解決は楽観的過ぎるかもしれないが、北極星として良い目標」だと述べています。数学は単なる計算ではなく、パターンを見つけ、つながりを作り、新しいアイデアを開発する能力を必要とし、これらの問題を解決する AIシステムは大量のデータ処理を超えた洞察と独創性を実証することになります。
また、先日の Google の Gemini Deep Think が金メダル相当のスコア(42点満点中35点)を達成し、6問中5問を完全に解きました。OpenAIも実験的推論モデルで同様に金メダルレベルの成果を発表しており、これは史上初の快挙です。2024年は専門家が問題を形式言語に翻訳し、計算に2~3日要していましたが、25年は自然言語で問題を直接理解し、4.5時間の制限時間内で厳密な数学証明をしました。

生命科学・医療におけるAIの台頭
医療や生命科学でも AIが大きく研究を変えようとしています。24年のノーベル賞は Alphafold2 を開発した DeepMind のハサビス卿とジャンパー氏に授与されました。さらに進化した AlphaFold 3 は、生命の基本となるタンパク質だけではなく、DNA、RNAなどの分子がどのような形をしているか、どう結び付いているかを正確に予測できる革新的なAI技術です。これまで何年もかかっていた分子の構造解析が、わずか数分で可能になり、従来の方法より大幅に精度が向上しました。すでに世界中で200万人以上の研究者が利用しており、新薬開発や病気の原因究明に大きく貢献しています。筆者も毎日のように AlphaFold3 を利用しています。一回当たりの計算が H100 GPU を1枚利用して、15分から1時間程度かかりますが、実験に比べると大幅にスピードアップしています。ただ、精度を高めるためにタンパク質を部分的に切り落としたりしているので何度も計算が必要です。

Meta から独立した EvolutionaryScale が開発した ESM3 は、自然界に存在しない全く新しいタンパク質を設計・創造できるAI技術です。地球上の数十億のタンパク質データから学習し、自然界が5億年かけて進化させるようなタンパク質を人工的に作成することに成功しました。実際に新しい蛍光タンパク質「esmGFP」の開発に成功しており、将来的にはプラスチックを分解する酵素や二酸化炭素を吸収するタンパク質の開発など、環境問題の解決にも期待されています。
Arc Institute と NVIDIA が共同開発した Evo2 は、DNAの変化が病気にどう影響するかを予測し、新しい遺伝子配列を設計できるAI技術です。約9兆個の遺伝情報から学習した史上最大規模のモデルで、人間からバクテリアまで生命全体のDNA情報を理解しています。筆者も現在、NVIDIA社の協力の元、EVO2を利用してゲノムの謎の解明に取り組んでいます。ゲノムのおよそ98%は遺伝子がない非コード領域です。発生や成長過程における人の設計図がこの98%に書かれているはずなのですが、分かっていません。ゲノム言語モデルの活用により筆者もゲノムをより理解できるのではと考えて研究をしています。
医療の現場でもAIの利用は拡大しつつあります。Google の Med-Gemini は、医療現場で医師をサポートするさまざまな作業を、人間と同等かそれ以上の精度で行えるAI技術です。医学試験で91.1%の正答率を達成し、X線画像やCTスキャンを読み取って診断をサポートしたり、患者の症状から可能性の高い病気を推測したりできます。実際に皮膚の病変写真から病気を診断したり、患者の質問に医学的根拠に基づいて回答したりする能力を持ち、医療の質向上と医師の負担軽減に貢献することが期待されています。
化学・材料科学分野での革命
AIが材料科学の世界に革命をもたらしています。新しい材料の発見から合成まで、従来は何年もかかっていた研究プロセスを大幅に短縮する技術が次々と登場しています。
Microsoft の MatterGen は、「高い硬度で磁性を持たない材料」といった条件を指定するだけで、全く新しい材料を自動的に設計できるAI技術です。画像生成AIが文章から画像を作るのと同じように、望む性質から直接、新材料の構造を創り出します。従来のように既存材料から条件に合うものを探すのではなく、条件から新しい材料を生成するため、これまで発見されていない革新的な材料の可能性を探索できます。実際に設計した材料を合成して予測通りの性質を確認しており、バッテリーや太陽電池、炭素回収技術の分野で材料開発の大幅な加速が期待されています。
IBM の RoboRXN は、化学合成を完全に自動化する「クラウド上の化学実験室」として注目されています。研究者がウェブブラウザで作りたい分子の構造を描くと、AIが必要な試薬と反応手順を予測し、実際のロボットが自動的に合成実験を実行します。新薬や新材料の開発には通常10年と約10億円のコストがかかりますが、RoboRXN は試行錯誤の実験を大幅に削減し、開発期間とコストを劇的に圧縮する可能性を持っています。筆者も自動合成技術に興味があり、このあたりの技術には着目しています。
Google DeepMind の FermiNet は、分子内の電子の振る舞いを量子力学の原理から正確に計算できる画期的なAI技術です。従来の計算では複雑な分子の電子状態を正確に求めることは困難でしたが、FermiNet は深層学習により量子力学の法則に従いながら、これまでにない精度で分子の性質を予測します。特に分子が光エネルギーを吸収する過程の計算に成功し、太陽電池やLED、半導体の性能向上に直結する重要な知見を提供しています。
エネルギー・環境問題の解決
AIは地球の未来を左右するエネルギー問題の解決に向けて、画期的な貢献を始めています。特に核融合技術の分野では、これまで人類が制御困難と考えていた複雑なプラズマの操作をAIが可能にしつつあります。
Google DeepMind はスイスプラズマセンターと協力し、深層強化学習という手法でプラズマを制御する革新的なシステムを開発しました。このAIは毎秒1万回という驚異的な速度でプラズマと相互作用し、さまざまな形状に操作することができます。従来の複雑な制御システムでは困難だったプラズマの安定性維持と形状制御を、単一のコントローラーで同時に実現することに成功しています。
さらに重要な突破口として、プリンストン大学とプリンストン・プラズマ物理研究所が24年に発表した研究があります。核融合反応の最大の脅威である「ティアリングモード不安定性」(プラズマが磁場の中で安定に閉じ込められなくなり、乱れてしまう現象)を、AIが事前に予測・回避することに成功したのです。このAIシステムは過去の実験データから学習し、プラズマの破壊につながる危険な状況を最大300ミリ秒前に察知して対処します。
カリフォルニア州の国立核融合施設では、AIコントローラーがリアルタイムでプラズマの形状や入力ビームの強度を調整し、不安定性の発生を防ぐ実験に成功しました。これらの技術が実用化されれば、MIT研究によると核融合発電のコストが大幅に下がり、最大8.7兆ドルの経済効果が期待されています。
宇宙科学・地球科学分野AI技術
現在、AIと宇宙技術の融合により、地球環境の理解と予測が革命的な変化を遂げています。衛星からの観測データをAIが自動解析することで、これまで困難だった大規模な環境監視が可能になりました。
NASA とIBM が共同開発した Prithvi は、この分野の代表例です。衛星から送られる膨大な地球画像をAIが自動的に分析し、森林の変化や災害状況を正確に把握します。6億個もの情報処理能力を持つこのシステムは誰でも無料で利用でき、世界中の研究者が環境保護に活用しています。欧州宇宙機関の φsat-2 は、さらに進んだアプローチを示しています。靴箱ほどのサイズながら宇宙空間でAI処理を実行し、雲に隠れた無用な画像を自動削除したり船舶を発見したりして、必要な情報だけを効率的に地球に送信します。この宇宙でのAI処理により、通信コストの大幅削減も実現しています。
気候変動の理解においても、AIは大きな変革をもたらしています。国際研究コンソーシアムによる Earth and Climate Foundation Models では、世界中の研究者が協力し、NVIDIA やコロンビア大学を中心とした国際チームが地球全体を一つのシステムとして捉えて未来の気候を予測しています。この分野で特に注目されるのが DeepMind のGraphCast です。わずか1分で10日先までの天気を予測し、従来のスーパーコンピューターシステムを90%の項目で上回る精度を実現しました。台風の進路や極端な気温変化をより正確に予測することで、災害対策や再生可能エネルギーの効率的活用が可能になります。
宇宙からの監視技術は、地球だけでなく太陽活動の予測にも拡がっています。NASAとIBMが開発した Surya は、太陽フレアを最大2時間前に予測し、従来より16%高い精度で人工衛星や電力網、GPS、宇宙飛行士の安全を守っています。
環境保護の観点では、Environmental Defense FundのMethaneSat AI が画期的な成果を上げています。Google のAI技術と連携し、宇宙から世界中の石油・ガス施設のメタンガス漏れを監視・測定することで、地球温暖化対策に直接貢献しています。
科学分野におけるAIモデルの将来
AIは「世界を理解して予測する知性(Worldモデル)」「研究を並走する相棒(AI Co-scientist)」「手を持つ知能(Physical AI)」の三本柱へ。発見の速度と確度が同時に上がり、実験・理論・現場が一体化する時代へ大きな変革をしようとしています。
Worldモデル(世界モデル)
Worldモデルとは、AIの中に「世界がどう動くのか」という仕組みを学習して持たせる技術です。例えば子どもが積み木を倒して「次はこう崩れるんだ」と学んだり、ボールを投げて「必ず下に落ちる」と理解したりするように、AIも観察を通じて自然のルールを覚えます。従来のAIは「データのパターンを見つけること」が得意でしたが、Worldモデルは「なぜそうなるのか」という原因や仕組みまで学ぶことができます。そのため、科学研究を進めるための基盤技術として大きな注目を集めています。
この概念は、DeepMind の デイビッド・ハとユルゲン・シュミットフーバーが18年に発表した「World Models」論文で具体的な枠組みが示され、AIが環境を観察して内部表現を学習し、将来の状態を予測する手法として注目を集めました。また、ヤン・ルカンは自己教師学習の文脈で世界モデルの重要性を長年主張しており、特に「Joint-Embedding Predictive Architecture (JEPA)」として物理世界の理解に基づく予測システムを提唱しています。現在では、OpenAI や Google DeepMind、Anthropic などでも、物理シミュレーションや因果推論を含む世界モデルの研究が活発に進められています。
AI Co-scientist
Google Research のAI Co-scientistは、研究者の新しいパートナーとして登場している革新的なシステムです。Google の Gemini 2.0 をベースに開発されたこのシステムは、研究目標を受け取ると、科学文献を調査し、新しい仮説を生成し、実験計画を提案します。複数のAIエージェントが互いに議論し、アイデアを洗練させ、最も有望な研究方向を提示する仕組みになっています。すでに薬物の新しい用途発見や病気のメカニズム解明で実際の成果を上げており、人間の研究者と議論し、アイデアを発展させる真の「科学的パートナー」として機能しています。筆者も現在、生命科学・医学分野でより精度が高く自動化を行うAIエージェントを開発しています。
PhysicalAI が科学実験に革命を引き起こす
実験室も大幅に自動化が進むことが想定されます。ヒューマノイドロボットをはじめとする PhysicalAI が実験室に入ってきています。
この流れは既に現実のものとなっており、Emerald Cloud Lab(ECL)のような完全自動化された実験施設では、研究者がクラウド経由で実験を依頼し、ロボットが24時間体制で実験を実行する仕組みが確立されています。イギリスのリバプール大学では、AIが独自に化学反応の最適化を行うロボット化学者「Adam」や「Eve」が開発され、人間の研究者よりも効率的に新たな触媒を発見する成果を上げています。

特に注目すべきは、このような自動化システムが科学研究における再現性危機の解決に貢献する可能性です。ネイチャー誌をはじめとする主要な学術誌では、実験の再現性の低さが深刻な問題として指摘されています。そこで、LLM を搭載したヒューマノイドロボットが実験プロトコルを正確に解釈し、人為的ミスを排除し標準化された手順で実験を実行することで、結果の信頼性と再現性を大幅に向上させることができるでしょう。これらのロボットは疲労せず、一貫した精度で作業を継続でき、全ての実験データを詳細に記録するため、科学研究の質的向上に大きく貢献すると期待されます。また、データが膨大になってくると、それを基に作られるAIもさらに精度が上がります。動物実験についても大幅な削減ができると期待できます。
Physical AI による宇宙開発の加速
Physical AI が宇宙開発に革命をもたらす意義は、技術的な可能性だけでなく人道的な観点からも極めて重要です。火星への有人ミッションでは、片道切符となる可能性や長期間の宇宙放射線被曝による健康リスクなど、深刻な倫理的・医学的問題が存在します。現在の技術では宇宙飛行士を完全に守ることは困難であり、人命を危険にさらすことは許容できません。一方、Physical AI を搭載したロボットなら、放射線の影響を受けずに長期間の探査・建設作業が可能です。自律的に判断し行動できるAIロボットは、火星表面での資源採取、基地建設、環境整備を人間に代わって実行し、安全な居住環境を事前に構築できます。イーロン・マスク氏のSpaceX は火星植民地化を掲げていますが、彼のビジョンにおいても Physical AI の役割は不可欠でしょう。初期の火星開発では人間よりもAIロボットが主役となるはずです。Tesla社でのロボット開発経験を活かし、SpaceX との連携で Physical AI を宇宙開発に応用することは容易に予想されます。

AGIによる未来予想図
AGI が実現されたとき、人類は現在「不可能」とされている究極の科学的挑戦を次々と克服していくことになるでしょう。ミレニアム懸賞問題として知られるリーマン予想やP対NP問題といった数学の難問の解決により、暗号技術や計算科学に革命をもたらします。生命の謎の完全解明では、老化メカニズムの分子レベルでの理解により不老不死に近い状態を実現し、現在は治療不可能な疾患も根本的に解決する道筋を示すでしょう。
エネルギー問題の根本的解決として、核融合技術の完成や常温核融合のような革新的技術により、人類は実質的に無限のクリーンエネルギーを手に入れることができます。地球環境の完全制御では、大気組成や海洋循環、気候システムの人工的管理により、地球環境を理想的な状態に維持し、砂漠の緑化や全地球の居住環境化も可能になります。
私たちは今、科学史上最も革命的な変化の瞬間を目撃しています。AIとの協働により、人類の知的探求は新たな次元に到達し、より豊かで持続可能な未来を築くための道筋が見えてきているのです。科学におけるAIの役割は、単なるツールから真のパートナーへと進化し、人類の可能性を無限に広げてくれることでしょう。
次回予告:次回はAIによる社会的影響です。このペースでAIが進化すると、今後社会はどう変わっていくのでしょうか? お楽しみに。
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