2025年9月23日 COLUMN アートのパワー

アートのパワー 第65回 サンフランシスコにおけるルース・アサワ(1926–2013)のパブリックアート(3)

ルース・アサワの代表的なイメージのひとつは、ロサンゼルス近くの農場で日本の家庭に育ちながら学んだ折り紙からきている。彼女はブラック・マウンテン・カレッジで学ぶ中で、この折り紙をまったく異なるレベルとスケールへと発展させていった。ヨーゼフ・アルバースは、紙を「平面」ではなく「直立させ、折り、彫刻する」媒体として活用することを学生に促す重要な課題として教えた。アサワは学際的なカリキュラムを最大限に活用した。サンフランシスコ芸術学校では、折り紙の演習から着想を得てダンス衣装を制作した。(出典:The Sculptures of Ruth Asawa: Contours in the Air, サンフランシスコ美術館、2007年、p.143)回顧展に展示された作品の写真は、その一例。折り紙の柔軟な特性を活かすことで、より大きなバージョンは学校の演劇公演における衣装、小道具や舞台装置として用いられることもあった。

回顧展より「無題」(S.529, 「横縞の折り紙作品(マウント仕立て)」1952 紙、インク)

ジャパンタウンの大阪通りにある一対の《折り紙の噴水》(1975–76)は、折り紙技法に着想を得た青銅製の抽象的な蓮の花を模している。制作には娘のアディとアイコが紙模型作りで参加した。近くのベンチの側面には、ベイカーズ・クレイを用いて日本の民話や祭りの場面が刻まれ、近くの商店街の子供達との共同制作によるもの。

アサワのパブリックアートで最も象徴的な作品の一つは、サンフランシスコ沿岸の折り紙風の噴水《オーロラ》(1984–86)で、エンバーカデロに設置されている。アサワが10インチ四方の折り紙模型から作った構想をもとに、夫で建築家のアルバート・ラニアーが丁寧に複雑な設計図を起こした。120枚のステンレス製三角形を組み合わせて高さ13フィート(約4m)の彫刻を構成し、そこからサンフランシスコ湾やベイブリッジの景色を枠取るように眺めることができる。オーロラはギリシャの夜明けの女神で、サンフランシスコ湾に霧や雲がない日に、オーロラを通して日の出が見られる。

息子のポールによると、ルース・アサワはサンタアナ競馬場やアーカンソー州ローワー収容所での抑留経験について殆ど語らなかった。しかし彼女は、第二次世界大戦中の日本人収容体験を題材としたパブリック・アートを二つ制作した。ひとつはサンノゼ連邦ビル前の《日系アメリカ人強制収容記念碑》(1990–96)で、収容前後の生活を描いている。もうひとつはサンフランシスコ州立大学の《記憶の庭》(2000–2002)で、10個の巨石は10か所の強制収容所を表し、隣接する滝は解放後の再生と復活を象徴している。

アサワは特に子どもの芸術教育に熱心に取り組んだ。1968年に共同設立したアルバラド芸術体験講座は、1970年代には連邦資金によるCETA/ネイバーフッド・アーツ・プログラムのモデルとなり、全国で模倣された。あらゆる分野の芸術家を雇用し、市の公共奉仕活動を行う仕組みで、彼女はその先駆者の一人だ。また、サンフランシスコ芸術学校(2010年に「ルース・アサワ・サンフランシスコ芸術学校」と改名)の設立にも関わった。

アサワはニューヨークのラガーディア高校(旧・音楽芸術高校と舞台芸術高校、1984年に統合)を高く評価していて、公立高校における芸術教育の水準を称賛していた。

彼女はカリフォルニア芸術評議会、全米芸術基金(教育部門「アーティスト・アット・スクール」)、1977年にはプロ芸術家および芸術教育者の教育・訓練・発展タスクフォースに任命され、同年にはジミー・カーター大統領の「メンタルヘルス委員会」で芸術の役割に関するタスクフォースにも参加した。また、サンフランシスコ美術館群の理事も務めた。

没後も顕彰は続き、2019年にはGoogle Doodleがアジア系アメリカ人文化遺産月間初日に彼女を祝し、2020年には米国郵便局が記念切手を発行、2023年にはジョー・バイデン大統領から米国政府が芸術家・芸術支援者に贈る最高賞「ナショナル・メダル・オブ・アーツ」を授与された。死後にこの賞を受けた美術家は彼女が2人目だ。

『Ruth Asawa: A Retrospective』は2025年10月19日にMoMAでオープン、2026年2月7日まで開催された後、スペインのグッゲンハイム・ビルバオ、スイスのフォンダシオン・ベイラーを巡回する。

San Francisco School of Arts, Dance Performance 1990, photograph by Tom Wachs
ジャパンタウンの大阪通りにある一対の折り紙の噴水《オーロラ》青銅製(1975–76)
折り紙の噴水《オーロラ》ステンレス(1984–86)

注:「Two Women Artists(ルイーズ・ブルジョワとルース・アサワについて)」拙稿、『Power of Art』第19–22号(2023年10月)

文/中里 スミ(なかざと・すみ)

アクセサリー・アーティスト。アメリカ生活50年、マンハッタン在住歴38年。東京生まれ、ウェストチェスター育ち。カーネギ・メロン大学美術部入学、英文学部卒業、ピッツバーグ大学大学院東洋学部。 業界を問わず同時通訳と翻訳。現代美術に強い関心をもつ。2012年ビーズ・アクセサリー・スタジオ、TOPPI(突飛)NYCを創立。人類とビーズの歴史は絵画よりも遥かに長い。素材、技術、文化、貿易等によって変化して来たビーズの表現の可能性に注目。ビーズ・アクセサリーの作品を独自の文法と語彙をもつ視覚的言語と思い制作している。

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