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チョクロに雪が舞い降りる①
ペルーを旅したときの話。
空へ吸い込まれてしまったかのように、静まった空気のなかに余分な音のかけらは残っていなかった。高原を駆け抜ける雲の影の速さが空のスケールを物語っているようで、大きな流れにしばらく視線を置いていたが、さすがにそろそろ飽きてきた。それでもアンデスの空は碧く。
冬の季節にあたる7月下旬の南半球、平ったい岩の上は冷んやりとしていた。それがかえって強い陽射しの暖かさをありがたく思わせ、寝っ転がって深く息を吐くと、真っ白な頂から滑り降りてきた風の産声を微かに肌で感じた。
向こうの方でウサギが2羽、仲良く草を喰んでいるのが見える。そのそばでしゃがんで眺めている女の子の姿が視線に入ると、緊張が少しほぐれた。「ペットだろうか」どちらにしてもあのウサギのように山と空に挟まれたこの時間へ純粋に溶け込むことができればいいのだが、どこかも分からない山岳でただ風に吹かれていることができない、心落ち着かない自分を結局のところ意識するばかりだった。
富士山頂よりも空に近いティティカカ湖という大きな湖の岸にプーノという小さな町がある。そこから西に向かってアレキパという町に行くため、バスターミナルに着いたのは夜もまだ明けぬ時間だった。売店で買ったカフェ・コン・レイチェの湯気が温かい。時間になるとアレキパ行きのローカルバスには荷物が次々と積み上げられた。使い込まれた車体は長い間このルートを走り続けてきたのだろう。バスは湖よりも遥かに大きな星空の下を走り始めた。
バスの中はエンジンの振動が背中から響いている他は眠っているように静かだった。夜が明け日が差してくると、ぼくはバッグから読みかけの本を取り出しページをめくった。手に伝わってくる振動は若き五木寛之の描写する時代の鼓動とどこか似ていた。それはもっとシンプルに前を向いていた時代。バスは山岳の悪路に入り、それでも力強く走り続けた。そしてしばらくするとその振動はすっと止まった。ぼくは視線を昭和の高度成長期から朝日のアンデス高原へ移した。
つづく
浅沼(Jay)秀二
シェフ、ホリスティック・ヘルス・コーチ。蕎麦、フレンチ、懐石、インド料理などの経験を活かし、「食と健康の未来」を追求しながら、「食と人との繋がり」を探し求める。オーガニック納豆、麹食品など健康食品も取り扱っている。セミナー、講演の依頼も受け付け中。
ブログ:www.ameblo.jp/nattoya
メール:nattoya@gmail.com
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