連載119 山田順の「週刊:未来地図」トランプが破壊する世界秩序(1)ついに開戦した米中貿易戦争。その本質とは?(上)

 今回から、トランプ大統領について、最新情報をフォローしながら書いていこうと思う。なにしろ、このトンデモ大統領は、これまでの世界秩序を破壊し続けているからだ。
 誰もが「まさか起こらないだろう」と思っていた米中貿易戦争を本気で開戦。欧州歴訪では同盟国のドイツ、イギリスを大批判。NATO諸国に対しては離脱をちらつかせて「守ってほしければもっとカネを出せ」と恫喝。ただプーチンと会うだけで中身のない米ロ首脳会談にご満悦―。と続いては、もはや呆れてものも言えない。
 しかし、呆れてばかりいては、この先なにも見えてこない。そこで、今回は、今後世界を揺るがす米中貿易戦争に関して、いったいどうなっているのか? これまでの経緯とその本質について述べてみる。

7月6日、米中貿易戦争が本当に「開戦」

 この7月6日、多くの人が高をくくっていた米中貿易戦争が、本当に開戦してしまった。関税による攻撃を仕掛けるとしたトランプの言葉に嘘はなく、仕掛けられた側の中国も妥協しなかったからだ。
 アメリカが発動した「制裁関税」(sanctions tariff)は、中国からの輸入品500億ドルに25%の追加関税を課すというもの。その「第1次リスト(the first set)」340億ドルに対する課税が、この日に始まった。
 トランプ大統領は、「Jobs, Jobs, Jobs!(雇用、雇用、雇用だ!)」とツイート。この措置により、雇用は増えると訴えた。もちろん、中国は反撃。さっそく、アメリカからの輸入品、同額の340億ドルに対して25%の追加関税を課すという対抗措置に打って出た。
 ところが、この開戦は「第1ラウンド」に過ぎなかった。中国が対抗措置を取ったことに、USTR(米通商代表部)のR・ライトハイザー代表は「(中国の対抗措置は)正当化できない」と批判し、トランプはさらなる追加制裁を発表した。これは、中国からの年間2000億ドルの輸入品に関税10%を上乗せするというもの。アメリカとしては、この戦争が本気モードであることを見せつけたのである。
 アメリカの中国からの輸入額は年間約5055億ドル。したがって、「第2ラウンド」の2000億ドルというのは、「第1ラウンド」の500億ドルを加えると合計で2500億ドルとなり、中国からの輸入製品の約半分にあたる。となると、中国が被るダメージはかなりのものになる。
 しかし、中国には、なによりも大切なメンツがある。7月11日、中国商務省は「国家と人民の利益を守るため中国は必要な反撃をせざるを得ない」との声明を出した。
 今回の「2000億ドルの制裁関税」の発動には、アメリカ国内での面倒な手続きが必要なため、最短でも8月末以降になる見通しだという。となると、「第2ラウンド」開始は9月になる。はたして、それまでに中国は対抗措置の第2弾を表明するだろうか? それとも、妥協案を提示してくるだろうか? それによって戦局は大きく変わるが、現状から見て、中国が妥協することはまずないだろうとみられている。

共和党内部からも懸念する声が上がる

 こうして米中貿易戦争が本当に始まってしまったことで、アメリカ国内でも“危ぶむ声”が強まっている。中国からの輸入品の半分に追加関税が課せられると、製品価格は当然上昇する。そうなると、困るのは結局、アメリカの消費者だからだ。
 全米小売業協会は、7月10日、「雇用が損なわれ経済がマイナス成長に戻る前に、政府の方針転換を望む」とのコメントを発表した。
 また、この貿易戦争はハイテク技術をめぐる争いでもあるから、IT業界団体は「このままでは中国の不公正な貿易慣行の見直しを進める機会を失う。トランプ大統領は訪問先の欧州で(各国と)協力体制を築き、中国と話し合うべきだ」とコメントした。
 トランプの身内である共和党内部からも、懸念する声が上がった。これまで、共和党内の穏健派の議員たちは、昨年成立したトランプ減税ばかりに目がいき、トランプの対中強硬路線には大きな関心を示さなかった。トランプが最初にぶち上げた「鉄鋼・アルミ関税」は、中国だけを対象にしたものではなかったことも影響した。
 ところが、トランプの制裁関税が、貿易赤字の解消というよりも安全保障を前提したものであり、しかもその規模の大きさは、とても減税で相殺できるものでないと知って、慌て出したのである。もともと共和党は、自由貿易を擁護してきた政党である。
 そのため、最近になってやっと、ボブ・コーカー上院議員らが、安全保障を根拠とする大統領の輸入関税導入には議会の承認を義務付ける法案を提出した。しかし、もう手遅れである。戦争は始まってしまったからだ。

引くに引けなくなった「覇権国家宣言」

 中国の習近平国家主席には、今回の貿易戦争で譲歩できない理由がある。それは、すでに「中国の夢」(建国100周年の2049年に世界一の国家になる)を掲げ、「一帯一路」政策を邁進していることだ。そのため、今年の3月には憲法を改正して、自ら“終身皇帝”の地位を手に入れている。そんな皇帝が、中国の伝統から見て外国に妥協できるわけがない。
 しかも、この貿易戦争開戦の直前、「習皇帝」は、今後、中国中心の新たな国際秩序を構築していくことを、高らかに宣言している。
 習近平のこの宣言は、6月24日の人民日報で報道された。これは、その前日に北京で開かれた外交政策会議「中央外事工作会議」での習近平のスピーチの内容の抜粋であり、事実上の「覇権国家宣言」だった。つまり、今後、中国は、アメリカの世界覇権に挑戦し、自ら覇権国家になると宣言したのである。
 この会議には、中国共産党政治局常務委員7人の全員のほか、王岐山国家副主席や人民解放軍など最高幹部らも出席していた。習習近平は、そういうメンバーに向かって、今後の国家の大方針をアピールしたのである。
 習近平は、はっきりとこう言った。
 「中国は、今後、全世界における影響力を増大する」
 そして、こう付け加えた。
 「中国の特色ある社会主義外交により、『新たな国際秩序』を構築する」「中国主導の巨大な経済圏構想『一帯一路』や『AIIB(アジアインフラ投資銀行)』をさらに発展させる」
 このようなことを踏まえてみれば、今回の米中貿易戦争は、単なる紡績戦争、経済戦争ではないのがわかるだろう。これは、覇権国のアメリカと覇権挑戦国の中国との間の「覇権争奪戦」、つまり、次の世界をリードしていくのは誰かを決める戦争なのだ。したがって、単なる貿易、経済だけの話だとみていると、今後の世界を大きく見誤ってしまうことになる。
 ただし、ここで一言付け加えておくと、中国がつくろうとしている新国際秩序には、欧米的な価値観である民主主義、自由、人権などは含まれていない。中国が、世界を力とおカネ以外の何によってリードしていくのか、まったくわからないということだ。
(つづく)

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【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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