アメリカの児童相談所(2)「児童虐待」と通報された場合に知っておきたいこと

 
 前回、ニューヨーク市を例に児童虐待の通報がなされた場合、米国の児童相談所に当たるCPS(Child Protect Service、ニューヨーク市ではACSAdministration of Children’s Service)がどのように動くかの流れを紹介した。各州で呼称や細かな点に違いはあるが、この児童保護の一連の流れは基本的に米国全州でほぼ同様だ。今回はその調査が具体的にどのように行われるかを説明する。

調査官はある日突然やって来る

 日本でも米国でも、児童虐待の疑いで調査官の訪問を受けるなどと考えて生活している保護者はいないだろう。「一生縁がない」ほうが普通であり、報道などで知る悲惨な虐待をする親と自分たちは違う種類の人間だと思っているだろう。しかし、児童保護を旨とする側からみれば、通報があればどの家庭も同じ危険性を持つ家庭として映る。経済的背景、社会的立場、教養、人種・文化背景、生活習慣や犯罪歴は関係ない。調査員は、どのような家庭にも予告なく訪れる可能性があるのだ。また、文化や社会習慣の違いから、日本では喜ばしいこと、問題がないとされていることが米国では児童虐待とみなされることもある。CPSの調査が入った際の法的権利や、身を守る術についても併せて解説する。

米国の児童保護政策は本当に怖いのか

 「アメリカでは子どもを一回叩いただけで連れて行かれる」「12歳以下を1人で留守番させると親は逮捕」など、いたずらに保護者の心配をあおるような言葉を耳にすることもあるだろう。英語でも、“What to do if CPS knocks at your door”などで検索すると、対策リスト、弁護士による法的アドバイス、CPSの傍若無人な振る舞いへの怒り、理不尽な経験談などが山のように出てくる。米国でもこれだけ論議が起きるCPSとの攻防だ。たとえ虐待疑惑が誤解であっても、CPSの訪問を軽く見てはいけない。
 しかし冷静に考えて、子育てに行き詰まり、ときに平常心を失うような場面はどの保護者にでも起こり得ることであり、その苦労への理解は世界共通で、CPSもまた例外ではない。一度の過ちで子どもがすぐに連れて行かれることなどは、通常では起こらない。

CPSの調査内容

 通報された案件が調査対象と決定されると、CPSは24時間以内に通報者に連絡して詳しい情報を取得し、通報から48時間以内に初回の家庭訪問が行われる。

●初回家庭訪問で行われること
①疑われた虐待の具体的内容が記載された書簡とともに事前連絡なしに家庭訪問する。原則的にこの初回訪問でCPS職員は子どもと直接会って話をしなければならない。
②在宅の保護者、他の家族から話を聞く(不在の保護者には後日面会、遠方にいる場合は電話などで連絡を取る)。
③家の中、冷蔵庫や食品庫の食べ物の内容を点検し、寝室や子ども部屋を確認する。
④保護者の疾病罹患歴や医薬品摂取歴の公開を許可する書簡への署名が求められる。

●初回訪問時に不在の場合
 訪問した旨の書簡や名刺を戸口に残す。CPSは、集合住宅の管理人やドアマンに戸口まで案内してもらう権利を持つ。

●調査期間中
⑤子どもが通う学校の教師と職員、隣人、アパートの管理人、親戚、子どものかかりつけの医師など、保護者と子どもを知る人からの聞き取り調査をする。
⑥保護者の同席なしで子どもへの面接を行う。通報内容によっては保護者に知らせずに子どもに会いに学校へ行くこともある。

⑦決められた回数(最低3回)の家庭訪問が行われる。

⑧右記以外にCPSが必要と判断した調査が行われる。

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保護者の権利を知る
 CPSの訪問を受けた場合、まず一番重要なことは冷静に対応することだ。CPSであっても家主の承認なしに部屋の中に踏み入ることはできないこと、いかなる場合でも「黙秘」、つまり質問に答えない権利があることの2点は覚えておこう。
 しかし、「立ち入り拒否と黙秘」はCPSに対して好戦的、あるいは頑なな態度で拒否することと同義ではない。逆に、全くの誤解で自分たちには一点の曇りがないと100パーセント自負していても、「どうぞ何でもお調べください」といった軽い気持ちで、聞かれてもいないことまで情報を開示する必要もない。CPSの訪問に関しては、感情的なパフォーマンスは不利になるだけで有益に働くことはない。必要最低限のことに正直に丁寧に対応するという、ある意味日本的な抑制のきいた態度がベストだと頭に入れておこう。
 そして必ず通報内容が記載された書面と来訪者の名刺を確認すること。ドアの外でCPSを待たせたり、英語の書面を読むことに時間がかかったりしても遠慮する必要や、言い訳をする必要はない。相手への尊敬の念を忘れずに、自分に求められたことを「淡々」と行えばよい。
 通報内容によってCPSは、ときにアシスタントと称して、大柄な男性を伴ってやって来ることもある。ときに優しく、ときに威圧的に、相手が入室や黙秘に関しての権利がないような印象を与えるように振る舞うことで、つい気圧されて相手のペースに巻き込まれることもあるだろうが、常に沈着冷静でいるように努めよう。
 CPSの入室を断り、子どもにも会わせないといった選択肢は確かにある。しかし「虐待の証拠なし」という調査結果も、家の中や子どもの顔の確認、上記一連の調査を行わないと出せないので、頑なな拒否にあえばCPSは裁判所命令を取ることになる。つまり、結果的に同じことが行われるのだ。日本のように保護者の拒否で子どもへの面会が叶わないまま、調査が途切れたり中止になったりすることはない。しかし、言葉の問題や保護者片方の不在、短期滞在で勝手が分からないなど、外国人であるがゆえの戸惑いから「虐待の隠蔽」ではなく、調査官を部屋に入れることに不安があれば、戸口から部屋の中をのぞいてもらい、子どもの顔を見て会話を交わしてもらうことで、調査官の印象も変わる。その上で日を改めての訪問を願うことも可能だろう。
 CPSが何らかの書類に署名を求めても、納得しないまま署名をする必要はない。これはCPSに限らず日常生活のあらゆる場面での鉄則だ。あくまで一般常識として署名の保留を申し出ることで波風が立つことを危惧する必要はない。
(つづく)
(取材・文/河原その子)