連載894 円安阻止で為替介入する愚策をやめないと、 日本は英国より酷いことになる!(中)

連載894 円安阻止で為替介入する愚策をやめないと、
日本は英国より酷いことになる!(中)

(この記事の初出は10月25日)

 

外貨準備を次々と吐き出して円買い介入

 日本政府(財務省・日銀)は、先週末の21日、そして週明けの23日と外国市場で「ドル売り円買い」の為替介入を実施した。21日の介入は、相場が32年ぶりの安値となる151円後半まで急落したことを受けてのことと見られるが、当局はその額はもとより、その事実すら公表しなかった。
 そのため、市場推計でしか言えないが、21日の額は最大5.5兆円、23日の額は最大3兆円という。
 そこで、これまでの為替介入の状況と金額を出してみると、次のようになる。
9月22日 2.8兆円
10月13日 1.2兆円
10月18日 0.6兆円
10月21日 5.5兆円
10月24日 3.0兆円
 約1カ月の間に5回の介入で、その累計額は 約13.1兆円。 9月末の日本の外貨準備高は1兆2380億ドル(1ドル145円換算で約180兆円)だから、このうちの約8%を介入に使ったことになる。
 外貨準備といっても、そのほとんどは、売却が無理筋の米国債(米国財務省証券:FB)で、日本政府が持っているドルは実質約38兆円というから、その約3分の1を介入に使ったことになる。つまり、残りの介入資金は約25兆円である。
 となると、今後、さらに介入するとしたら、10兆円が限度だろう。いくらなんでも手持ちのドルをゼロにするわけがいかないからだ。

 

外貨準備を切り崩すとどうなるか?

 外貨準備というのは、途上国、新興国にとっては、貴重である。手持ちの外貨がないと、食料や燃料の輸入ができなくなるからだ。この点で、ドル高(つまり自国通貨安)は、途上国、新興国にとってダメージが大きい。
 IMFなどの試算によると、ドル相場が10%上昇すると、物価への転嫁によるインフレ率の上昇は約1%とされる。日本円はすでにドルに対して30%近く下落しているので、それだけで3%のインフレを招いたことになる。
 先日発表された9月の消費者物価指数は3.0%だったから、このことを反映していると言える。しかし、現在の物価上昇は為替の要素より、世界的な資源価格と食料価格の上昇のほうが大きい。これが続くと、それらを輸入に頼る日本は、外貨準備を切り崩さなければならない。
 財務省が10月15日に発表した8月の国際収支統計によると、貿易収支の赤字は過去最大の2兆8173億円となっている。この赤字額は東日本大震災の影響が大きかった2014年1月を上回り、比較可能な1979年以降で単月の過去最大である。
 1カ月に約3兆円ということは、年間で約36兆円もの貿易赤字が出ることになる。こんな状況で、円買い介入で外貨準備のドルを溶かし続けていいものなのだろうか?
 円では世界からモノを買えない。輸入できない。だから、外貨準備が必要で、それが豊富なら基軸通貨ドルの支払い能力に事欠かないとされて、自国通貨の信頼性が担保される。
 しかし、介入により外貨準備高を減少させれば、通貨の信頼性は揺らぐ。円安はさらに進む。
 財務省の神田真人財務官は、20日の時点で、円買い介入の原資は「無限にある」と語ったが、なにを考えてのことなのだろうか?

 

ブレーキとアクセルを同時に踏んでいる

 はっきり言って、日本政府のドル売り円買い介入は、愚策というか、無謀というか、完全な“自滅政策”としか言いようがない。なにより金融・経済政策として支離滅裂であり、市場経済をまったく無視している。
 ファンダメンタルズで円安となっているのに、それを一瞬だけ円高に持っていくことに、意義などあるだろうか?
 貴重な外貨準備を使って円を買う。その一方で、量的緩和を続ける。さらに物価高騰対策支援金、雇用調整助成金などにより円をバラまく。これは、ブレーキとアクセルを同時に踏んでいるのと同じだ。
 鈴木俊一財務相は、24日、介入に対しては「ノーコメント」とし、「投機による過度な変動は断じて容認できないので、必要に応じて必要な対応をとる」と言った。
 しかし、投機をしているのは投機筋でなく日本政府のほうだ。メディアもこの発言をその通り伝え、投機筋を悪者のように言っているが、彼らは市場経済の力学に基づいて円売りドル買いをしている。
 金利差が大きいのだから、円を調達してドル転をする「円キャリートレード」だけで、利益が出る。これのどこが悪いというのか?
 また、「過度な変動」と言うが、それをさせているのは投機筋でなく日本政府であり、その介入ポイントは、これまでの5回の介入によってバレている。手札を見せてゲームをやっているのと同じだ。
 これでは、AIを駆使しているヘッジファンド勢と逆張りのミセス・ワタナベが、ディールをやめるわけがない。いまや日本の投資家も円を売っている。日本企業は海外で稼いだドルを円転していない。

(つづく)

この続きは11月18日(金)発行の本紙(メルマガ・アプリ・ウェブサイト)に掲載します。 

※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。

山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。

 

 

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